食品工場洗浄室でSLAM計測が難しくなる理由
食品工場の洗浄室や衛生区画では、設備更新、配管改修、機械配置の検討、保全記録、施工前調査、既存図面の更新などを目的として、現況を三次元データとして残したい場面があります。設備や配管が密集し、固定式の計測機器を何度も設置し直すことが難しい場所では、計測者が移動しながら周囲の形状を取得できるSLAM計測が有効な選択肢になります。
一方、食品工場の洗浄室は、一般的な事務所や倉庫とは計測環境が大きく異なります。壁面、流し、作業台、タンク、配管、架台、扉、カバーなどにステンレスが広く使われているうえ、洗浄工程の前後には表面に水滴や水膜が残ります。床にも水が残りやすく、照明や周囲の設備が濡れた面へ強く映り込むことがあります。
SLAMは、移動中に取得する周辺情報を連続して照合し、センサー自身の位置と周囲の地図を推定していく技術です。ただし、どの情報を利用して自己位置を推定するかは計測方式によって異なります。レーザーによる距離情報を中心に使う方式もあれば、画像情報や慣性情報などを組み合わせる方式もあります。
そのため、ステンレスがあるからSLAM計測ができない、濡れていれば必ず大きな誤差が出る、と一律に判断することは適切ではありません。実際の計測結果は、センサー方式、対象までの距離、表面仕上げ、水膜の状態、周囲の形状、移動方法などによって変化します。
問題になりやすいのは、反射性の高い面、特徴の少ない平滑面、似た形状が連続する設備、時間とともに状態が変化する濡れた面などが同時に存在する状況です。例えば、同じ幅のステンレスパネルが長く続く壁や、似た径の配管が等間隔で並ぶ場所では、現在位置を見分けるための情報そのものが少なくなります。
さらに、洗浄室では計測中にも環境が変化します。壁の水滴が流れ落ちる、床の水たまりが減る、洗浄ホースが移動する、台車が通過する、といった変化が起こると、最初に見た場所と数分後に同じ場所へ戻ってきたときの見え方が変わります。
食品工場でSLAM計測を成功させるには、濡れたステンレスから誤点を完全になくそうとするより、誤点が発生しやすい条件を理解し、計測時刻、観測方向、基準となる構造物、移動ルート、後処理までを一体として計画することが重要です。
濡れたステンレス面で発生しやすい誤点の特徴
SLAM計測後の点群を見ると、本来は何もない場所に点が浮いていたり、壁面が局所的に膨らんでいたり、実際には一枚の面なのに複数の面へ分かれて見えたりすることがあります。こうした不要な点や不自然な形状は、現場では広い意味で誤点やノイズとして扱われます。
濡れたステンレス面で注意したいのは、金属面そのものの反射特性だけではありません。表面に水膜や水滴が付着すると、乾燥しているときとは異なる状態になります。均一な薄い水膜になる部分もあれば、大きな水滴が残る部分、水が流れ続ける部分、拭き跡のように不均一な部分もあります。
レーザーを利用する計測では、材質や表面状態、対象までの距離、入射方向などによって戻ってくる信号の状態が変わることがあります。その結果、条件によっては点が抜けたり、不安定な距離として記録されたりする可能性があります。ただし、どのようなステンレス面でどの程度の影響が生じるかは機器や条件によって異なります。
画像情報も利用するSLAMでは、別の問題が加わります。濡れたステンレスには照明、周囲の配管、計測者などが映り込みます。計測者が移動すると映り込みも移動するため、実際の壁面に固定された特徴とは異なる見え方になります。
また、広いステンレス壁は模様が少ないことがあります。平滑な面が長く続き、開口部や段差などが少なければ、場所を区別するための特徴が不足しやすくなります。さらに、同じ形状のパネルや配管支持部が一定間隔で繰り返されると、異なる場所を似た場所として認識しやすい条件が生まれます。
ここで重要なのは、局所的な誤点と自己位置推定のずれを区別することです。壁の一部分だけに数点の異常点がある場合と、壁面全体が二重に重なっている場合では、原因も対処方法も異なります。
後者の場合は、ステンレス面だけでなく、その近くの柱、床、設備基礎、出入口などを確認します。それらの固定構造まで同じ方向へ二重化しているなら、単純な反射ノイズではなく、計測途中の位置推定や点群の整合性を確認する必要があります。
食品工場のSLAM計測では、見た目に目立つ誤点だけを削除するのではなく、どの段階で誤差が生じているのかを判断する視点が欠かせません。
対策1 洗浄直後を避けて表面状態が安定した時間帯に計測する
最初に見直したいのは、機器設定よりも計測する時間帯です。食品工場では衛生管理のために洗浄が欠かせませんが、SLAM計測だけを考えると、大量の洗浄水が流れている最中や直後は条件が変化しやすい時間帯です。
洗浄直後には、壁面を水が流れ続けていたり、大きな水滴が時間とともに移動していたりします。床では水が排水口へ向かって動き、水たまりの範囲も変化します。同じ地点を数分後に再び通っただけでも、表面状態が大きく変わっている可能性があります。
SLAM計測では、過去に観測した場所を再び認識できることが自己位置推定の安定に役立つ場合があります。そのため、往路と復路で対象の状態が大きく違えば、データの対応関係を作るうえで不利になることがあります。
可能であれば、洗浄作業が終わり、排水がある程度進み、水膜の変化が比較的小さくなった時間帯に計測します。ここで重要なのは、必ず完全乾燥させることではありません。生産工程や衛生上の理由で乾燥を待てない場合も多いため、現実的には「計測中に状態が大きく変わらない時間」を選ぶという考え方が有効です。
例えば、水が壁を勢いよく流れている状態と、表面が濡れていても水滴の変化が小さくなった状態では、同じ湿潤環境でも計測条件が異なります。床についても、水が移動している最中より排水が進んだ後のほうが、往復時の環境差を抑えやすくなります。
ただし、SLAM計測のために洗浄工程を勝手に変更したり、設備表面を無断で拭いたりすることは避けます。食品工場では衛生管理が最優先であり、計測担当者の判断だけで洗浄方法や乾燥工程を変更するべきではありません。
事前に現場管理者や衛生管理担当者と打ち合わせを行い、洗浄終了時刻、生産開始時刻、立ち入り可能時間などを確認して計測時間を設定します。
また、計測した時刻を区画ごとに記録しておくことも有効です。ある時間帯に取得した区画だけ誤点が多かった場合、洗浄工程や排水状況と照合することで、次回の計測条件を改善しやすくなります。
時間帯の選定は特別な装置を必要としませんが、結果へ大きく影響する可能性があります。最初から機器設定だけで解決しようとせず、まず環境が安定している時間を選ぶことが基本です。
対策2 一方向だけで計測せず観測方向と距離を変える
濡れたステンレス面を一方向からだけ取得すると、その方向で条件が悪かった部分を補うことができません。そこで実務上有効なのが、同じ対象を異なる位置や方向から観測する方法です。
ここで避けたいのは、特定の入射角度を万能な条件として固定してしまうことです。反射面から得られる情報は、対象の表面状態、センサー方式、対象までの距離、水膜、周囲環境などによって変わります。そのため、「この角度なら必ず計測できる」と決めるより、複数方向から確認できるルートを作るほうが安全です。
例えば、大型のステンレス設備の側面を取得する場合、一方向に通過して終了するのではなく、可能であれば反対方向からも観測します。一回目と二回目で取得された面が同じ位置へ重なるかを確認できるため、局所的な誤点と大きな位置ずれを見分ける材料にもなります。
配管が密集している場所では、通路中央だけを一直線に進むと、手前の配管が奥側を遮ります。安全に移動できる範囲で左右の位置を変えると、バルブ、継手、支持金具などを別方向から捉えやすくなります。
距離も一つの要素です。対象へ近づけば細部を取得しやすくなる場合がありますが、近づきすぎることで視野の大部分が平滑なステンレス面だけになれば、周囲との位置関係を捉える情報が少なくなる場合があります。
そのため、対象の詳細を取得する経路と、柱や設備基礎など周囲の構造も含めて捉える経路を組み合わせる考え方が有効です。
ただし、何度も往復すれば必ず品質が良くなるわけではありません。自己位置が不安定な状態で取得回数だけを増やすと、ずれた点群が多数重なり、かえって形状を判断しにくくなることがあります。
観測方向を増やすときは、ステンレス面だけでなく、柱、出入口、床と壁の境界、設備基礎、天井構造、固定配管なども同時に取得します。異なる方向から計測しても、それらの固定物が同じ位置へ重なっているかを確認することで、データの信頼性を判断しやすくなります。
重要なのは、単に点数を増やすことではありません。異なる観測条件から得た情報が互いに整合しているかを確認できるように計測ルートを組み立てることです。
対策3 ステンレス面以外の固定構造を継続して捉える
濡れたステンレス面の誤点を減らすためには、ステンレス面だけに注目しないことが重要です。SLAM計測では、周辺の安定した構造から自己位置を推定するための情報を確保することが、点群全体の品質維持につながります。
洗浄室を見渡すと、すべての構造が同じ材質、同じ形というわけではありません。出入口、壁の角、柱、梁、設備基礎、段差、固定された配管支持部など、位置が変わらず形状を識別しやすい場所があります。
計測ルートを決めるときは、こうした構造を途切れずに観測できるようにします。
例えば、大型の円筒設備の周囲を計測するとき、設備表面へ極端に近づき、その曲面だけを見ながら一周すると、現在の方向や位置を判断するための周囲情報が少なくなる場合があります。少し距離を取り、背後の壁や柱、床との境界も同時に取得できれば、SLAMが利用できる情報を増やせます。
長いステンレス壁でも同様です。壁面中央だけを見ながら進むのではなく、床との境界、天井との境界、途中の開口部、コーナー、設備基礎などを含めて取得します。
特に注意したいのは、似た形状が繰り返される場所です。一定間隔に配置された同径の配管や、同じ形のパネル、同じ高さの支持金具が続くと、離れた場所同士を区別するための情報が少なくなります。
このような場所では、形状が固有な設備や開口部を基準として経路を組みます。例えば、配管列の途中にある大型バルブ、壁の開口、設備基礎の形状変化など、周囲と違う特徴を計測途中に繰り返し捉えるようにします。
往路と復路で同じ固定構造を観測することも重要です。スタート付近へ戻ってきたときに、最初に取得した柱や壁角が同じ位置へ重なるか確認できれば、計測軌跡全体が大きくずれていないかを判断する手掛かりになります。
反射面への対策というと、ステンレスにどの角度からセンサーを向けるかだけを考えがちです。しかしSLAMでは、周囲にどれだけ安定した参照情報を持たせられるかという考え方も同じくらい重要です。
局所的に条件の悪い面が存在しても、周囲の自己位置推定が安定していれば、その影響を点群全体へ広げにくくなります。
対策4 衛生管理を守りながら識別しやすい基準物を配置する
周囲に特徴となる固定構造が少ない場合は、一時的な基準物を設ける方法も考えられます。ただし、食品工場では一般的な建設現場と同じ感覚で目印を配置してはいけません。
食品を扱う施設では、異物混入防止、使用可能な資材、持ち込み物品、洗浄性、衛生区分などについて独自のルールが設けられている場合があります。計測しやすくするためという理由だけで、紙、粘着材、繊維質の材料などを設備へ勝手に取り付けることは避けます。
一時的な基準物が必要な場合は、必ず施設側の管理担当者と使用可否や設置場所を確認します。製品や原材料に接触する面、洗浄対象の重要部分、排水を妨げる位置などには設置しないことが基本です。
基準物を置く目的は、点群の中を派手にすることではありません。似た場所が続く空間で、現在位置を識別するための情報を増やすことです。
そのため、同じ基準物を同じ高さ、同じ間隔で並べるよりも、配置関係に違いを持たせるほうが識別しやすくなります。例えば、高さや位置関係が異なる複数の基準を配置すると、繰り返し形状と区別しやすくなります。
ただし、どのような特徴が有効かはSLAM方式によって変わります。画像情報を利用する方式と、三次元形状を中心に利用する方式では、認識しやすい基準物の条件が同じとは限りません。
実際の現場へ持ち込む前に、使用予定の計測システムで試験を行い、基準物が十分に取得できるか確認しておくことが重要です。
また、基準物は設置だけでなく撤去まで管理します。食品工場では、計測終了後に持ち込んだ物品を残置しないことが非常に重要です。設置数と撤去数を確認し、現場管理者の指示に従って区画を元の状態へ戻します。
さらに、人工的な基準物だけへ依存しすぎないようにします。途中で位置が変わったり、作業上の都合で撤去されたりした場合に備え、恒久的な柱、壁角、設備基礎なども併せて利用します。
一時的な基準物は、自己位置推定を補助するための一つの手段です。衛生管理を損なってまで使用するものではなく、施設側のルールの範囲内で選択することが前提になります。
対策5 移動速度と周回ルートを整えて自己位置推定を安定させる
SLAM計測では、計測対象の材質だけでなく、計測者がどのように移動するかも結果へ影響します。食品工場の洗浄室は通路が狭く、配管や機器が突出していることもあり、歩きながら頻繁に方向を変えなければならない場合があります。
さらに床が濡れていれば、安全のため通常より慎重な歩行が必要です。まず優先すべきなのは計測精度ではなく作業者の安全です。濡れた床で後ろ向きに歩いたり、点群の欠測を埋めるために無理な姿勢で設備の隙間へ入り込んだりすることは避けます。
そのうえで、計測中はできるだけ連続した動きを保ちます。高速で直進した後に突然大きく旋回するより、周囲の形状を継続して捉えながら緩やかに方向を変えるほうが、前後の観測に共通する情報を残しやすくなります。
センサーを大きく振り回すことも避けます。壁、床、天井、周囲の固定設備が一定時間連続して観測されるような持ち方を意識します。
計測前には、歩くルートをある程度決めておきます。どこから開始し、どの設備を回り、どこで折り返し、どこで最初の経路へ戻るかを考えておけば、現場で迷って不規則な移動をする場面を減らせます。
広い洗浄区画では、一度に全体を長時間歩く方法が常に最適とは限りません。複数の小さな周回に分け、各区画で開始地点付近へ戻る経路を作ったほうが、品質を確認しやすい場合があります。
一方、データを必要以上に細かく分割すると、後で複数の点群を統合する作業が増えます。どの程度の範囲で一つの計測とするかは、対象規模、必要精度、使用システム、後処理方法を踏まえて決めます。
また、計測ルート上に一時的な物体が多い場合にも注意が必要です。洗浄ホース、清掃道具、台車、移動式設備などが途中で位置を変えると、往路と復路の環境が異なります。
施設側の運用を妨げない範囲で、計測時間中は大きく動く物体が少ない状態を確保できると理想的です。
移動速度やルートを整えることは、ステンレス面の反射による個々の誤点を直接消す方法ではありません。しかし、SLAM全体の自己位置推定を安定させることで、局所的な観測不良が点群全体のずれへ発展する可能性を抑えやすくなります。
対策6 誤点の種類を見分けて必要な範囲だけ後処理する
反射面が多い食品工場では、現地で丁寧に計測しても不要な点が完全になくなるとは限りません。そのため、SLAM計測は現場での取得だけで終わりではなく、計測後の点群確認までを含めて考える必要があります。
まず確認したいのは、壁や機器表面から離れた場所に存在する孤立点です。本来何もない空間に少数の点が浮いている場合は、周囲の形状や別方向から取得した点群と比較します。
ただし、孤立しているという理由だけで自動的に削除するのは危険です。食品工場には、細い配管、支持金具、小型バルブ、計器周辺部など、もともと少数の点でしか表現されない構造があります。
次に確認したいのが面の二重化です。本来は一枚のステンレス壁なのに、わずかに離れた位置へ二枚の壁が形成されている場合があります。
このとき、その壁だけが二重になっているのか、周囲の柱や床、設備基礎まで同じように二重化しているのかを確認します。周辺の固定構造も同じ方向へずれているのであれば、局所的な誤点ではなく、計測軌跡や点群全体の整合性を確認する必要があります。
壁の一部分だけから奥側へ不規則な点が伸びているような場合は、局所的な観測不良として処理できる可能性があります。一方、区画全体で面が二重化しているなら、不要点除去だけで解決しようとせず、元データや計測経路を見直します。
後処理で最も避けたいのは、見た目をきれいにすることを優先し、広い範囲を一括削除してしまうことです。反射面付近では正しい点と不要点が混在している可能性があります。
強い除去処理によって正しい点まで消すと、配管位置や設備形状の確認という本来の計測目的を果たせなくなります。特に小径配管、継手、支持部などは点群が少なくなりやすいため慎重に扱います。
点を削除した後は、必要な形状が残っているかを再確認します。完成した点群が美しく見えるかではなく、現場で確認したい寸法、配置、干渉関係などの情報が維持されているかが重要です。
誤点処理は清掃作業ではありません。利用目的に必要な情報と不要な情報を区別する品質管理工程として考えることが重要です。
計測後に確認したい点群品質のチェック方法
点群全体を表示して形がそれらしく見えるだけでは、SLAM計測の品質確認として十分とは限りません。特に濡れたステンレスが多い洗浄室では、複数の視点からデータを確認します。
最初に確認したいのは、往路と復路で同じ固定構造が一致しているかです。柱の角、設備基礎、出入口、床と壁の境界などを拡大し、二重に重なっていないかを確認します。
こうした構造が比較的よく一致していれば、少なくともその周辺で自己位置推定が大きく崩れていないかを判断する材料になります。
次に、濡れたステンレス面そのものを確認します。局所的な浮遊点なのか、面全体の位置ずれなのか、一部分だけの欠測なのかを分けて見ます。
数点の不要点であれば後処理で対応できる場合があります。しかし、数メートルにわたって壁位置が不自然に変化している場合や、複数方向から取得した点が大きく一致しない場合は、重要な寸法をその部分だけで判断することは避けます。
床面の確認も欠かせません。食品工場の洗浄室には排水のために勾配が設けられていることがあります。実際の床勾配を誤差だと思って平滑化してしまわないよう注意します。
反対に、水たまりなどの影響で床面から離れた位置に不自然な点が形成されている場合は、その点を床高さの判断に使わないようにします。
設備改修を目的とした計測では、対象となる配管や機器が必要な角度から取得できているかも確認します。点群全体が高密度に見えても、重要な接続部だけが遮蔽されていれば、改修設計には不足する可能性があります。
現場写真や既存図面がある場合は照合材料として利用できます。ただし、既存図面が必ず現在の設備配置を表しているとは限りません。図面と点群が異なるからといって、直ちに点群側の誤りと判断しないことが大切です。
必要に応じて現地再確認を行い、重要寸法については別の測量方法や既知寸法との照合も行います。
どこまで検証するかは、SLAM点群の利用目的によって異なります。設備配置を把握するための概略計測と、施工位置を決めるための計測では必要な精度が同じではありません。
利用目的を決めずに「SLAMだから高精度」と考えるのではなく、必要な精度に対して十分な確認方法を選ぶことが重要です。
食品工場では計測精度だけでなく衛生と安全も優先する
食品工場の洗浄室でSLAM計測を行う場合、点群品質だけを追求してはいけません。衛生管理と作業安全を守ることが大前提です。
一般的な建設現場で問題なく使える持ち込み物でも、食品工場では使用できない場合があります。計測機器本体だけでなく、収納ケース、補助具、基準物、清掃用品なども施設側の管理対象になる可能性があります。
立ち入り前に、持ち込み手順、服装、区画間の移動方法、機器の清掃や消毒方法などを確認します。計測担当者の判断だけで設備へ目印を貼ったり、水滴を拭き取ったりすることは避けます。
また、洗浄室では床の濡れによる滑りにも注意が必要です。誤点を減らすために計測角度を変えようとして、無理に後退したり、設備の隙間へ入り込んだりすることは危険です。
特に計測中は画面や機器へ意識が向きやすいため、移動方向と足元の安全を優先します。必要に応じて計測者と安全確認者の役割を分けるなど、施設の作業ルールに合わせて対応します。
さらに、SLAM計測では対象設備だけでなく、周囲の設備配置や室内全体がデータとして取得される場合があります。画像情報を伴う方式であれば、工場内の表示や設備の状態なども記録される可能性があります。
したがって、データの保存場所、閲覧権限、社外への持ち出し可否、納品後の保管方法なども事前に整理しておくことが重要です。
継続的にSLAM計測を実施する場合は、計測条件を記録しておくと時系列比較にも役立ちます。計測日時、洗浄からの経過時間、対象区画、設備の稼働状況などを残しておけば、以前との差が設備変更によるものなのか、計測条件によるものなのかを判断しやすくなります。
食品工場で求められるのは、単に点数の多い点群を作ることではありません。安全、衛生、必要精度、作業時間、データ管理を含め、施設運用に適した形で三次元情報を取得することが大切です。
SLAM計測と位置情報を組み合わせて現場データを活用する
SLAM計測の大きな利点は、設備が密集した空間や狭い室内を移動しながら三次元化できることです。しかし、取得した点群を設計データ、工場全体の図面、ほかの測量データと組み合わせたい場合は、点群をどの位置基準で管理するかも重要になります。
洗浄室のような屋内では、衛星測位に必要な信号を十分に受信できないことが一般的です。そのため、屋内へ入ったまま衛星測位だけで位置を継続的に管理できることを前提としてはいけません。
一方、屋外や開けた場所で取得した位置情報を基準とし、それを測量上の手順によって建物内部へつなげることで、SLAM点群を現場座標へ配置できる場合があります。
例えば、工場外部や搬入口付近など衛星を受信しやすい場所で基準となる位置を確認し、既知点や別の測量作業を介して内部の基準点へ位置を引き継ぐ方法が考えられます。
ただし、必要な方法は利用目的によって異なります。設備配置を大まかに把握したい場合と、施工位置や高さを厳密に管理したい場合では、要求精度も検証方法も異なります。
SLAM点群を座標化しただけで正しいと判断するのではなく、複数の既知点や確認点を使い、位置や高さが要求精度の範囲に収まっているか検証することが重要です。
また、SLAM計測は屋内だけに限定して考える必要はありません。屋外設備、建物外周、搬入口、屋内設備などを一連の現場データとして扱えれば、改修工事や維持管理で利用しやすくなります。
屋外で高精度な位置情報を取得したい場合には、スマートフォン装着型RTK-GNSSのLRTK Phoneを活用する方法があります。衛星を良好に受信できる場所で位置を取得し、屋内側へ設けた基準との関係を適切に管理することで、SLAM点群を現場の座標情報と結び付ける運用を検討できます。
ここで重要なのは、LRTK Phoneを使えば衛星信号が届かない洗浄室内でもそのままRTK測位ができる、という意味ではないことです。屋外で取得した位置をどのような測量手順で屋内へつなぐかを計画する必要があります。
設備改修では、現況点群だけでなく、建屋基準、設備基準、施工位置などを同じ位置関係で管理できると、データの活用範囲が広がります。
SLAM計測と位置情報取得を別々の作業として考えるのではなく、「現況形状を取得する工程」と「そのデータを現場座標へ結び付ける工程」に分けて設計すると、目的に合った運用を組み立てやすくなります。
まとめ
食品工場洗浄室のSLAM計測では、濡れたステンレス面、平滑な壁、似た設備の繰り返し、水膜の変化などが重なり、一般的な室内よりも点群取得が難しくなることがあります。
濡れたステンレスでは、浮遊点、欠測、不自然な面、二重化などが発生する可能性があります。ただし、すべてを金属面の反射だけで説明することはできません。点群全体が二重になっている場合などは、自己位置推定や計測経路の問題も含めて確認する必要があります。
最初の対策は、洗浄直後のように環境が大きく変化している時間をできるだけ避けることです。完全乾燥を必須とするのではなく、計測している間に水膜や水滴の状態が急激に変化しにくい時間帯を選びます。
次に、一方向だけから計測せず、安全に移動できる範囲で観測方向や距離を変えます。その際、濡れたステンレス面だけを見るのではなく、柱、壁角、設備基礎、出入口など、安定した固定構造も同時に取得します。
特徴の少ない区画では、食品工場の衛生ルールを守ったうえで、一時的な基準物を利用する方法もあります。ただし、設置から撤去まで管理し、人工的な基準だけへ頼らないことが重要です。
計測中は、急な旋回や大きな姿勢変化をできるだけ避け、周囲の形状を連続的に取得できるルートを選びます。広い区画では適切な周回経路を設定し、開始地点や既知の固定構造へ戻ることで点群の整合性を確認しやすくします。
取得後は、誤点を機械的に削除するのではなく、孤立点なのか、局所的な反射の影響なのか、自己位置推定に伴う面の二重化なのかを見分けます。正しい細部まで除去しないよう、配管、バルブ、支持金具など必要な形状が維持されているか確認することが大切です。
SLAM計測で重要なのは、見た目のきれいな点群を作ることではありません。設備更新、改修設計、保全、干渉確認など、その計測目的に必要な形状と位置関係を信頼できる状態で残すことです。
さらに、取得した点群を設計座標やほかの測量データと組み合わせたい場合は、屋内で衛星測位が継続できることを前提にせず、屋外の位置基準をどのように建物内部へつなぐかを計画します。
食品工場のように屋内外で計測条件が大きく変わる現場では、SLAMによる三次元形状の取得と、高精度な位置情報の取得を目的に応じて使い分けることが重要です。屋外での基準位置取得や現場座標との連携まで含めて三次元データを活用したい場合は、LRTK Phoneを組み合わせた運用も検討することで、SLAM計測で取得した現況情報を施工や維持管理へつなげやすくなります。