地籍調査の現地立会いや筆界確認の場で、「塀が隣地側に出ているように見える」「屋根の一部が線を越えている」「樹木の枝や根が越境している」といった話が出ることがあります。突然指摘を受けると、すぐに撤去や移設をしなければならないと考えがちです。しかし、現場で越境の可能性が示されたからといって、その場で越境の有無、所有関係、撤去義務、費用負担まで確定するとは限りません。
地籍調査は、主に市町村などが実施し、一筆ごとの土地の所有者、地番、地目を調査するとともに、境界の位置と面積を測量する制度です。ここで中心となる境界は、登記された土地の区画を示す「筆界」です。工作物の所有権、隣地を使用する権限、過去の合意、損害賠償や工事費の負担までを地籍調査だけで一括して決める制度ではありません。([地籍ポータル][1])
また、筆界と、当事者の所有権が及ぶ範囲を示す「所有権界」は一致することが多いものの、常に同じとは限りません。現場では「境界」という言葉が両方の意味で使われることがあるため、何について確認しているのかを明確にする必要があります。([法務局][2])
越境物への対応を急ぐと、撤去する必要のなかった設備を動かしたり、筆界確認に必要な杭や現況を損傷したり、隣地所有者との認識の違いを大きくしたりするおそれがあります。反対に、何も確認せず放置すれば、土地の売却、建築工事、相続、担保設定などの場面で問題が再び表面化することがあります。
この記事では、地籍調査をきっかけに越境の可能性が分かったとき、撤去、移設、覚書の作成などを検討する前に確認したい4つのポイントを解説します。個別案件の法的結論は、筆界の状況、権利関係、合意内容、地域の手続によって異なります。対立がある場合や判断が難しい場合は、地籍調査の実施主体に確認したうえで、筆界や測量は土地家屋調査士、権利関係や合意・紛争は弁護士、構造や施工は建築士・施工業者など、論点に合う専門家へ相談してください。
地籍調査でいう越境物とは何か
越境物とは、土地の境界を越えて隣接地の地表、上空または地下に入り込んでいる建物、工作物、設備、樹木などを指す一般的な表現です。代表例として、塀、フェンス、擁壁、屋根、軒、雨どい、給排水管、排水溝、樹木の枝や根、物置、基礎、舗装などがあります。
越境には、自分が所有または管理する物が隣地側へ出ている場合と、隣地側の物が自分の土地へ入っている場合があります。地表では筆界内に見えても、屋根や雨どいが上空で越えている場合や、基礎や配管が地下で越えている場合もあります。目視だけでは判断できず、測量、構造図、試掘などが必要になるケースもあります。
地籍調査の立会いでは、現況の塀、水路、擁壁などが筆界を確認する手掛かりとして話題に上ることがあります。しかし、工作物が存在する位置と筆界が必ず一致するわけではありません。塀が筆界上に設置されている場合もあれば、いずれか一方の土地の内側に控えて設置されている場合もあります。古い工作物では、傾き、地盤変動、補修、改築によって位置関係が分かりにくくなっていることもあります。
さらに、対象物の所有者が土地所有者と同じとは限りません。賃借人が設置した設備、建物所有者の屋根や配管、過去の所有者が設置した工作物、道路・水路の管理者が設置した施設、複数の土地で共同利用している排水設備なども考えられます。見た目だけで所有者を決めると、確認や協議の相手を誤る可能性があります。
そのため、「物がある」「線を越えて見える」という情報だけで結論を出さず、どの境界を基準にしているのか、対象物のどの部分がどの程度越えているのか、誰が所有・管理しているのか、どのような経緯や合意があるのかを分けて確認することが重要です。
確認1 指摘された物と越境位置を明確にする
最初に確認したいのは、何が、どの位置で、どの程度越境していると説明されたのかという点です。「塀が越境している」「屋根が出ている」といった口頭説明だけでは、確認対象が曖昧なまま残ります。対象物全体ではなく、柱、基礎、笠木、屋根の先端、雨どいなど、特定の部位だけが問題になっている可能性もあります。
まず、説明された線が、地籍調査で確認中の筆界なのか、既に確認された筆界なのか、当事者が主張する所有権界なのか、単なる現況線なのかを確認します。「境界」という一語だけで済ませず、資料名、測点、線の意味、確認段階を記録してください。
現場では、対象物を複数方向から確認し、線との位置関係を記録します。境界標や測量標識がある場合は、形状、設置状況、周囲の状態も確認します。ただし、杭や鋲があるからといって、それだけで現在確認しようとしている筆界点だと断定するのは避けるべきです。地籍調査の担当者が使用している資料や説明と照合し、どの点とどの点を結ぶ線が確認対象なのかを整理します。
越境量も、目測だけで確定しないことが大切です。数センチに見える場合でも、見る方向、地面の傾斜、対象物の傾きによって印象が変わります。屋根、軒、枝など上空の物は、水平位置を測る必要があります。擁壁や基礎では、見えている壁面だけでなく、地中の底版や基礎形状が関係する場合があります。
現地確認では、対象物と周囲が分かる全景、境界付近の近景、標識や測点の状態が分かる写真を残します。写真には、撮影日時、撮影位置、方向、対象物名を対応させます。写真上に線を書き込む場合は、元画像も保存し、その線が説明用なのか測量成果なのかを明記してください。
地籍調査の担当者から越境の可能性を伝えられた場合は、それが測量成果に基づく説明なのか、現況確認時の注意喚起なのかを確認します。筆界の確認や測量が完了していない段階では、基準となる線が確定しておらず、越境の有無を最終判断できないことがあります。
また、「越境物」と呼ばれていても、実際には筆界上の共同利用物、所有権界とのずれがある物、隣地所有者の承諾に基づき設置された物である可能性があります。名称に引っ張られず、客観的な位置関係と法的な根拠を分けて確認することが重要です。
実務では、対象物名、該当部位、基準にした線、位置関係、使用資料、説明者、確認日時、未確認事項を一つの記録にまとめます。この段階で、撤去、存置、費用負担などの結論まで書く必要はありません。確認できた事実、関係者の説明、推測、未確認事項を区別して残します。
確認2 越境物の所有者と管理者を確認する
対象物と位置関係を整理した後は、その物を誰が所有し、誰が管理し、誰が処分や工事を決定できるのかを確認します。土地所有者が、その土地上にあるすべての工作物を必ず所有しているとは限りません。借地人、建物所有者、設備所有者、施設管理者、共有者、過去の所有者などが関係する場合があります。
土地と建物の所有者が異なる場合、屋根、軒、雨どいなどについて協議すべき相手は、土地所有者ではなく建物所有者である可能性があります。賃貸物件では、賃借人が設置した物置、看板、配管などが問題になることもあります。工場や店舗では、設備の所有者、保守会社、日常管理者、改修を承認する本社部門が別になっている場合があります。
塀や擁壁も、設置位置だけで所有者を決めることはできません。一方の土地所有者が自費で設置した物、双方が費用を負担した物、造成事業者が施工して承継された物など、経緯はさまざまです。古い住宅地では、現在の所有者が設置時の事情を知らないこともあります。
所有者と管理者が異なる場合は、役割を分けて整理します。撤去や改修には所有者の承諾が必要になる一方、日常的な点検や清掃、剪定は管理者が担当している場合があります。連絡先だけでなく、対象物について誰が判断権限を持ち、誰が工事を発注できるのかを確認します。
法人所有の土地や施設では、現場担当者が即答できないことがあります。土地管理、施設管理、総務、法務、工事担当など、確認先が分かれる可能性があります。その場にいる担当者の発言だけを法人としての正式な合意と扱わず、社内決裁や正式回答の方法を確認してください。
相続が発生している土地では、登記名義人と実際の管理者が異なる場合があります。登記情報は重要な手掛かりですが、相続登記や売買登記が未了であれば、現状の権利関係を完全には示さないことがあります。共有物の場合は、処分や変更に必要な同意の範囲が問題になるため、一人の発言だけで工事を進めないことが安全です。
公共施設に見える物にも注意が必要です。道路沿いの側溝、標識、配管、電柱状の設備などは、管理主体が外観だけでは分からない場合があります。自治体、国・都道府県の道路管理者、上下水道事業者、電気通信事業者、土地改良区などが関係する可能性があります。所有・管理主体を確認せずに移動や切断を行うと、事故、機能停止、損害につながるおそれがあります。
所有者確認には、土地・建物の登記事項証明書、賃貸借契約、施設台帳、固定資産資料、施工記録、売買時の引継資料などが参考になります。ただし、一つの資料だけで結論を出さず、現地の管理状況や関係者の説明と照合します。「土地所有者」「対象物所有者」「日常管理者」「判断権限者」「工事発注者」を分けて整理すると、その後の協議が進めやすくなります。
確認3 図面や契約書など過去の資料を照合する
三つ目は、対象物が設置された経緯と、過去に交わされた合意を確認することです。現在の現況だけを見ると問題に見える物でも、過去の所有者間で設置、使用、維持管理、将来撤去について取り決めがされている場合があります。
最初に、地籍調査で使用されている図面や一筆地調査の資料を確認します。どの資料と現地状況を基に筆界の確認が進められているのかを聞き、登記所備付地図、公図、地積測量図、過去の境界確認書、造成図などと照合します。ただし、資料ごとに作成目的、縮尺、精度、作成時期が異なります。公図や縮尺の小さい図面を単純に拡大し、数センチ単位の越境量を判断するのは適切でない場合があります。
土地購入時の契約関係書類も確認します。重要事項説明書、売買契約書の付属資料、物件状況報告書、境界確認書、越境に関する覚書などに、対象物の存在や将来の撤去条件が記載されている可能性があります。契約書本体だけでなく、添付図面、写真、引継書類も確認してください。
隣地所有者との覚書、合意書、承諾書が残っている場合は、対象地、対象物、範囲、存続期間、維持管理、撤去時期、費用負担、所有者変更時の取扱いを読み取ります。「現状の使用を認める」という合意と、「建て替え時に解消する」という合意では、対応が異なります。
ただし、書面があるからといって、現在の対象物へ当然に適用できるとは限りません。当時の塀が改修・建て替えされていたり、増築により屋根形状が変わっていたり、対象土地が分筆・合筆されていたりする場合があります。書面の対象物、位置、寸法、材質、作成日、当事者、承継条項と現在の状況を照合します。
施工図、竣工図、確認申請図、造成図があれば、見えない構造の把握に役立ちます。擁壁では地中の底版や排水構造、給排水設備では地下配管の経路、建物では軒先や雨どいの寸法などを確認できる可能性があります。ただし、設計図どおりに施工されているとは限らないため、図面だけで現況を断定しないことも重要です。
過去の写真も手掛かりになります。建築前、造成時、購入時、改修前後の写真があれば、対象物がいつから存在したか、形状が変わったかを確認できます。撮影日や場所が不明な写真は、設置時期を確定する資料にはなりにくいものの、聞き取りや追加調査の材料になります。
道路、水路、法定外公共物、占用、排水接続などが関係する設備では、自治体や管理機関に申請・許可・協議記録が残っている可能性があります。ただし、行政上の許可があることと、私人間の越境がないこと、所有権や使用権限が確定していることは同じではありません。許可の対象範囲と土地境界の問題を分けて確認します。
資料を照合するときは、資料名、作成日、作成者、対象地番、対象物、縮尺、原本・写しの別、署名・押印の有無、欠落ページの有無を記録します。資料と現地が一致しない場合は、どちらかを直ちに誤りと決めず、改修、地番変更、分合筆、道路改良、地盤変動など、不一致の理由を調べます。
確認4 対応を始める前に関係者の認識を記録する
四つ目は、撤去、移設、切断、剪定、補修などを始める前に、関係者の認識と未確認事項を記録することです。口頭だけで作業を進めると、後から「撤去まで依頼していない」「費用負担には同意していない」「筆界を認めたわけではない」といった行き違いが生じる可能性があります。
地籍調査の立会いでは、筆界に関する確認と、越境物の処理に関する相談が混在しやすくなります。筆界について確認したことが、工作物の撤去、所有権放棄、損害賠償、費用負担への同意になるわけではありません。反対に、越境物を将来撤去する合意をしても、それだけで筆界や所有権界が決まるとは限りません。
記録には、日時、場所、参加者、対象物、基準にした線、指摘内容、各参加者の説明、共有した資料、未確認事項、次回までの担当と期限を残します。誰がどの立場で発言したかを明らかにし、「確認された事実」「当事者の主張」「推測」「今後の検討事項」を区別します。
写真や測量資料を共有するときは、どの点・線・範囲を示しているかを明確にします。写真へ書き込んだ線が正式な筆界や測量成果と誤解されないよう、「説明用」「確認中」「概略」などの表示を加え、原本も保存してください。
作業を協議する場合は、対象範囲、施工方法、実施時期、費用負担、安全管理、隣地使用の要否、作業後の復旧、立会い、工事保証などを確認します。塀や擁壁の一部撤去で地盤が不安定になったり、配管移設で排水機能が損なわれたりすることがあるため、単に線から出た部分だけを切ればよいとは限りません。
樹木の枝や根には、民法上の特則があります。原則として、隣地の竹木の枝が境界線を越えた場合、越境された土地の所有者は竹木所有者に切除を求めます。2023年4月1日施行の改正後は、催告しても相当期間内に切除されない場合、所有者または所在を知ることができない場合、急迫の事情がある場合には、越境された土地の所有者が枝を切り取れるとされています。根については、境界線を越えた根を切り取ることができると規定されています。もっとも、隣地への立入り、樹木の倒木・枯死、第三者への損害など別の問題が生じ得るため、条件を確認せず機械的に切除するのは避けてください。([e-Gov 法令検索][3])
応急対応が必要な場合も記録を残します。落下しそうな部材、通行を妨げる危険な枝、漏水中の配管などは、安全確保を優先しなければならないことがあります。その場合は、緊急性、連絡の経過、作業範囲、実施前後の状態を残し、本格的な筆界確認や恒久対策とは分けて扱います。
合意を書面にする場合は、対象地と対象物を図面・写真で特定し、現状を当面維持するのか、期限を決めて撤去するのか、建て替えや大規模修繕時に解消するのかを明確にします。維持管理、事故時の責任、費用、譲渡時の引継ぎも検討します。内容に法的な不明点がある場合は、署名前に弁護士などへ確認することが安全です。
記録の目的は、相手の責任追及だけではありません。事実関係を共通の土台にし、不要な対立、工事のやり直し、将来の説明不足を防ぐことにあります。感情的な表現を避け、確認できた内容を具体的かつ中立的に整理します。
越境物の種類ごとに注意したい点
越境物は種類によって、確認方法と対応上のリスクが異なります。塀やフェンスでは、支柱、基礎、笠木、表面材のどの部分が線を越えているのかを確認します。塀の中心が筆界と一致しているように見えても、基礎が片側へ広がっている可能性があります。老朽化や地盤変動で傾いているだけで、設置当初の位置とは異なることもあります。
擁壁では、所有関係と構造安全性の確認が欠かせません。越境部分を削ることで擁壁全体の安定性が低下するおそれがあります。どちらの土地を支えるための構造か、造成時に一体施工されたか、排水設備がどこにつながるかも確認します。構造図や現地調査なしに撤去方法を決めるのは危険です。
屋根、軒、雨どいなどの上空越境は、地上からの目測では判断しにくい場合があります。建物の壁面が筆界内にあっても、軒先や雨どいが外側へ出ていることがあります。改修には足場、防水、雨水経路の変更が必要になる可能性があり、部分切断によって雨仕舞いが悪化することもあります。
樹木の枝や根では、前述した民法233条の条件に加え、樹木の健康、倒木リスク、周辺構造物への影響を考慮します。根を切る法的余地があっても、大径木の支持根を切れば倒木や枯死につながる可能性があります。危険が見込まれる場合は、樹木医、造園業者、弁護士などへ相談し、通知や作業方法を検討してください。
給排水管や排水溝では、設備の所有者、使用者、流れの方向、接続先を確認します。複数土地で共同利用されている設備や、地役権・契約などに基づき使用されている設備もあります。移設によって排水不良、逆流、漏水が起きれば影響が周辺へ広がるため、図面と現況の両方を確認します。
物置や簡易設備は動かしやすく見えますが、電気配線、給排水、アンカー固定、基礎がある場合があります。所有者の承諾と設備停止の手順を確認し、転倒、感電、破損を防ぐ必要があります。
舗装、階段、通路では、線だけでなく排水勾配、通行権、安全性にも注意します。越境部分を撤去した結果、段差、転倒リスク、隣地への雨水流入が生じる可能性があります。撤去後の復旧と利用方法まで含めて検討します。
電柱、電線、通信線、ガス管などのインフラ設備は、原則として管理事業者へ確認します。危険を伴うため、所有者や管理者が判明する前に触れたり、移設を試みたりしないでください。
その場で撤去や移設を決めないほうがよい理由
地籍調査の立会いは、関係者が集まる貴重な機会です。しかし、限られた時間内で筆界確認と越境物への最終対応を同時に決めようとすると、確認不足が生じやすくなります。
立会い時点では、資料照合、筆界確認、測量が完了していないことがあります。確認途中の線を前提に工作物を撤去すると、後に認識が変わった場合でも元へ戻せません。杭の周辺を掘削したり塀を解体したりすることで、筆界確認の手掛かりとなる現況を失うこともあります。
また、対象物の所有者や権限者が現場にいない可能性があります。土地所有者が立ち会っていても、建物や設備が別人・別法人の所有であれば、その場で処分を決められないことがあります。共有者、相続人、賃貸人・賃借人、管理会社などの確認が必要な場合もあります。
撤去や移設には、安全・構造・機能の検討も必要です。擁壁、塀、屋根、地下配管は、越境部分だけを処理すると全体の機能や安全性を損なう可能性があります。施工方法を検討せずに「切る」「動かす」と約束すると、工事段階で実施できないことがあります。
費用負担も、事実関係や施工内容を確認する前に確約しないことが重要です。対象物の所有者、設置経緯、過去の合意、共同利用、安全対策によって、必要な工事と負担の考え方は変わります。地籍調査の担当者が私人間の費用負担まで決定するとは限りません。
立会い当日は、対象物、指摘内容、確認段階、必要資料、確認先を共有するところまででも十分です。いつまでに何を調べ、誰が連絡し、次回どの資料を基に協議するかを決めれば、拙速な判断を避けながら前に進められます。
越境を確認した後の基本的な対応手順
筆界など基準となる線と対象物の位置関係を測量等で確認し、越境が認められる可能性が高い場合は、現状把握、権利関係の確認、対応案の比較、合意、実施、記録の順で進めます。
最初に、測量成果や現地記録を基に対象物と越境部分を特定します。越境量だけでなく、対象物の機能、構造、危険性、周辺への影響を整理します。屋根なら雨水処理、擁壁なら地盤安定、配管なら使用者と接続先、樹木なら倒木や枯死のリスクを確認します。
次に、土地所有者、対象物所有者、管理者、共有者、施工関係者など、協議に必要な人へ情報を共有します。共有するのは、対象地、対象物、基準線、位置関係、資料、確認済み事項、未確認事項です。責任の断定から始めず、共通認識を作ることを優先します。
対応案には、早期に撤去・移設する方法、修繕や建て替え時に解消する方法、条件を定めて当面存置する方法などがあります。適切な方法は、越境量だけでなく、安全性、使用状況、過去の合意、施工難易度、将来計画、周辺への影響によって変わります。
当面存置する場合は、口頭了承だけにせず、対象物と条件を明確にします。維持管理、事故時の連絡、将来の撤去時期、費用、土地・建物を譲渡する際の引継ぎを整理します。必要に応じて、弁護士等の確認を受けた書面を作成します。
撤去や移設を行う場合は、工事範囲、隣地使用、境界標の保護、安全対策、復旧方法を決めます。工事前後の写真を残し、必要に応じて関係者が現地を確認します。工事後は、予定した位置に納まっているか、排水・構造・安全上の問題が生じていないかを確認します。
話合いで解決できず、筆界自体に争いがある場合は、法務局の筆界特定制度、土地家屋調査士会の境界問題相談・ADR、訴訟などが検討対象になることがあります。どの手続が適切かは争点によって異なるため、地籍調査の担当者や専門家へ相談してください。筆界特定制度は、当事者間の所有権や損害賠償を判断する制度ではなく、もともとの筆界を特定する制度です。([法務省][4])
対応完了後は、協議記録、図面、写真、合意書、工事記録を一つの案件として整理します。将来の売却、相続、改修時に経緯を説明できる状態にしておくことが重要です。
境界確認と越境問題を混同しないための考え方
地籍調査の実務で特に注意したいのは、筆界を確認する作業と、越境物をどう処理するかという問題を分けて考えることです。両者は関連しますが、同じ手続ではありません。
筆界は、土地が登記された際に区画を示すものとして定められた線で、当事者の合意だけで自由に動かせるものではありません。一方、所有権界は当事者の所有権が及ぶ範囲を示す線で、筆界と一致しない場合があります。地籍調査では筆界に関する調査・測量が中心となるため、越境物の処理を検討するときは、どの線を前提にしているのかを確認する必要があります。([法務局][2])
塀の位置をそのまま筆界と考えると、もともと敷地内に控えて設置された塀や、位置がずれた塀を見誤る可能性があります。反対に、筆界が塀の内側にあると示されても、塀を直ちに撤去すべきかは、所有関係、合意、時効を含む権利関係、構造安全性などを確認しなければ判断できません。
実務記録では、「筆界について確認した事項」と「越境物について協議した事項」を分けます。筆界位置の確認、越境状態の認識、撤去時期、施工方法、費用負担は、それぞれ別の論点です。一つの署名ですべてに同意したと解釈されないよう、文書の目的と確認範囲を明確にしてください。
地籍調査の実施主体は、地籍調査に必要な一筆地調査や測量を進める立場です。民間工作物の所有権、撤去方法、損害賠償、費用負担などの私人間紛争を最終判断する立場とは限りません。担当範囲と相談可能な事項を確認し、別途協議が必要な部分は当事者間や専門家を交えて進めます。
越境物の処理がすぐに決まらなくても、地籍調査上どこまで確認を進められるかは案件や実施主体の運用によって異なります。調査を自己判断で中断せず、担当部署へ状況を説明し、必要な手続を確認してください。
将来の売却や工事に備えて残しておきたい記録
越境物の問題は、一度話し合えば必ず終わるとは限りません。所有者変更、建て替え、分筆、相続、災害、老朽化などをきっかけに、再確認が必要になることがあります。将来の担当者や買主が経緯を追える形で資料を残すことが重要です。
記録には、対象地の所在・地番、隣接地、対象物名、位置、所有者、管理者、確認日、参加者、基準にした線、確認結果、未解決事項を含めます。位置図には、対象物だけでなく、建物、道路、水路、境界標など、現地を特定できる情報を入れます。
写真は、将来同じ場所を比較できるよう、撮影位置、方向、日時、写真番号を記録します。近接写真だけでは場所が分からなくなるため、全景、中景、詳細を組み合わせます。
図面では、正式な測量成果、確認中の線、説明用の線を区別します。作成途中の図面や現場メモを保存する場合は、「案」「参考」「未確定」などの状態を明記し、最終成果と混同しないようにします。
合意書や覚書を作成した場合は、原本の保管場所、写しの共有先、関連図面・写真との対応を明確にします。土地や建物を譲渡する際に引き継げるよう、契約関係資料と合わせて管理する方法も検討します。担当者個人の端末やメールだけに保存すると、異動や退職で確認できなくなる可能性があります。
工事を実施した場合は、施工前、施工中、施工後の写真、施工図、使用材料、施工者、検査結果を残します。境界標付近で作業した場合は、作業後の状態も確認します。地下設備を移設した場合は、新しい経路と深さが分かる図面を作成しておくと、将来の掘削や修繕に役立ちます。
対応を見送る場合も、理由と条件を記録します。なぜ直ちに撤去しないのか、いつ再協議するのか、建て替え・売却・破損など、どの事由が発生したら対応するのかを明確にします。「当面そのまま」だけでは、将来の判断材料が不足します。
地籍調査の現場情報を効率よく共有する方法
地籍調査で越境の可能性を確認する際は、現場情報を正確に持ち帰り、関係者が同じ対象を確認できる仕組みが重要です。写真を大量に撮るだけでは、撮影場所、方向、対象物との対応が分からず、後の協議に使えないことがあります。
現場情報には、位置、方向、日時、対象物、確認内容を関連付けます。「北側ブロック塀A」「道路側雨どいB」のように対象物ごとの識別名を付け、関係者が同じ物を指せるようにします。地番や住所だけで敷地内の位置を特定できない場合は、簡単な配置図も作成します。
測点や境界標を記録する場合は、標識の近接写真だけでなく周辺状況も残します。草木、舗装、土砂堆積、工事によって後日見つけにくくなることがあるためです。対象物と測点の相対位置が分かる写真やスケッチがあると、再訪時の確認が容易になります。
社内外で共有するときは、原本と加工資料を区別します。写真に線や文字を書き込む場合は元画像も保存し、書き込んだ線が正式な測量結果と誤解されないよう、資料名、作成者、作成日、用途を記載します。
位置情報を記録できるスマートフォン、タブレット、現場管理アプリなどを使うと、写真、メモ、対象物の位置を関連付けやすくなります。ただし、一般端末の位置情報には誤差があり、筆界点や越境量を法的・測量的に確定する精度を保証するものではありません。位置情報は現場整理の補助として使い、正式な位置確認は地籍調査の成果や適切な測量に基づいて行ってください。
個人情報や隣地の建物内部、表札、車両番号などが写る場合は、撮影目的、共有範囲、保管方法にも配慮します。クラウドサービスを利用する場合は、組織の情報管理ルール、アクセス権、保存期間を確認してください。
まとめ
地籍調査をきっかけに越境物の可能性を指摘された場合は、その場で撤去や費用負担を約束せず、まず事実関係を整理することが重要です。
第一に、何が、どの線を基準に、どの位置で越えていると説明されたのかを明確にします。地籍調査で中心となる筆界と、所有権界、現況の塀などを混同しないことが出発点です。
第二に、対象物の所有者、管理者、判断権限者を確認します。土地所有者と工作物所有者が異なる場合、共有者、賃借人、相続人、施設管理者が関係する場合もあります。
第三に、地籍調査の資料、登記所の図面、過去の測量図、契約書、覚書、施工図、写真などを照合し、設置経緯と既存の合意を調べます。資料の作成目的や精度、現在の対象物との一致も確認してください。
第四に、作業前に、関係者の認識、未確認事項、今後の進め方を記録します。筆界の確認と、越境物の撤去、費用負担、所有権の問題は分けて整理します。
越境物の種類によっては、部分撤去が建物、擁壁、排水設備、樹木の安全性や機能に影響します。特に枝や根は民法上のルールがあるものの、条件や安全性を無視して自由に切除できるわけではありません。
現場写真や位置情報は、対象物を共有する補助資料として有効です。ただし、一般のスマートフォン等の位置情報を正式な境界測量の代わりに使うことはできません。地籍調査の実施主体、測量・筆界の専門家、法律・構造の専門家と役割を分け、位置、所有関係、資料、合意を順番に確認することが、安全で手戻りの少ない対応につながります。