歴史的建造物に残る鎧戸は、外観を構成する建具であると同時に、日射、通風、防雨、防犯などに対応してきた建物の使われ方を示す資料でもあります。鎧戸がどこまで開いているか、左右の戸が同じ角度で保持されているか、経年によって軸が傾いていないかを三次元で記録できれば、保存修理前後の比較や変状確認、復元検討に役立ちます。 ただし、TLSによる文化財計測で鎧戸の開閉角を残す場合、単に戸の表面へレーザーを当てればよいわけではありません。鎧戸は薄い板状の部材であり、壁面に近い閉鎖状態から外側へ大きく張り出した開放状態まで、姿勢によって見える面やレーザーの入射条件が変化します。ルーバー、金物、枠、壁面などが混在するため、どの面を基準に角度を求めたのかが曖昧になることもあります。 開閉角を再現性のある記録にするには、固定側と可動側の両方に適切な基準を設け、同じ座標系の中で戸の回転軸と代表面を定義する必要があります。本記事では、「TLS 文化財 計測」で実務情報を探している担当者に向けて、鎧戸の開閉角を記録するための5つの基準点設定と、現場計測から解析、再計測までの考え方を解説します。
鎧戸の開閉角をTLSで記録する前に決めること
最初に決めるべきなのは、何に対する角度を「開閉角」と呼ぶかです。鎧戸の角度には、建物外壁面に対する角度、窓枠面に対する角度、設計上の閉鎖位置に対する角度、左右の戸同士の相対角度など、複数の表し方があります。定義を決めずに数値だけを残すと、別の担当者が同じ点群を解析した際に異なる角度を算出する可能性があります。 実務では、閉じた状態を0度とし、外側へ開く方向を正方向として記録する方法が分かりやすいものの、既存の鎧戸が完全には閉まらない場合があります。戸当たりの変形、蝶番の緩み、枠の傾き、塗膜の厚み、異物の挟まりなどにより、現在の閉鎖位置が本来の閉鎖面と一致しないこともあります。そのため、現況の閉鎖面を基準にするのか、窓枠や外壁から推定した基準面を用いるのかを計測計画書や記録票に明記します。 次に、どの角度成分を求めるかを決めます。建物を上から見た平面上の角度だけを求める方法は簡便ですが、蝶番軸が傾いている鎧戸や、戸自体にねじれがある場合は実際の三次元的な姿勢を十分に表せません。保存修理の資料として用いるのであれば、回転軸に直交する面へ各基準面を投影し、その面内で角度を求める方法が適しています。これにより、建物全体の傾きや計測座標の向きに影響されにくい角度として整理できます。 計測対象の状態も固定します。鎧戸は風や振動でわずかに動く可能性があり、複数地点からの走査中に姿勢が変わると、統合した点群の中で戸の縁が二重に見えることがあります。計測時の開閉状態、留め金や戸当たりの状態、風の有無、撮影時刻、作業者が触れたかどうかを記録し、各走査が同じ状態で行われたことを確認します。 なお、本記事では説明を分かりやすくするため、角度算出に用いる幾何学的な点と、複数の走査データを座標統合するための測量上の基準点をまとめて「基準点」と表現します。実際の管理では、建物側基準点、回転軸定義点、鎧戸面定義点、座標統合用基準点を区別し、それぞれの役割を記録することが重要です。
基準点設定1 固定された建物側に角度の基準面をつくる
1つ目の設定は、鎧戸が取り付けられている建物側に、動かない角度基準を設けることです。鎧戸の開閉角は相対量であるため、可動する戸だけを計測しても角度を確定できません。窓枠、開口部周囲の壁、柱などから、基準となる固定面を定義する必要があります。 基準面は、できるだけ鎧戸の回転軸に近く、かつ保存状態が安定している部分から設定します。外壁全体を基準にすると、壁面の反り、仕上げ材の凹凸、石積みや木部の不陸が角度へ影響することがあります。窓枠の縦材や横材が明瞭であれば、枠の複数箇所から点を抽出して局所的な基準面を求める方法が有効です。ただし、窓枠自体が傾いたり変形したりしている場合は、その変形も含めた現況基準になることを記録します。 面を定義するときは、一直線上に近い3点だけに依存しないことが大切です。三次元空間では3点から平面を定義できますが、点の配置が偏っていると、わずかな位置誤差が面の向きへ大きく反映されます。窓枠の上部、下部、蝶番側、反対側など、可能な範囲で広がりを持たせて複数点を取得し、局所的な凹凸やノイズの影響を抑えながら代表面を推定します。 対象が木造建具である場合、枠の表面が完全な平面とは限りません。手加工による起伏、経年変形、補修材、塗膜の剥離などがあるため、解析範囲を広げすぎると、文化財として重要な形状変化まで平均化してしまいます。角度算出用の代表面と、変状記録用の詳細点群は分けて扱い、どの範囲を代表面の推定に用いたかを残します。 また、左右に鎧戸がある場合は、左右で別々の基準面を設定するか、開口部全体で共通の基準面を設定するかを決めます。左右の枠に変形差がある建物では、共通面を使うと各戸の局所的な取付状態を表しにくくなります。一方、左右の開き方を同じ基準で比較したい場合は、開口部全体から共通面を設定する方が分かりやすいことがあります。目的に応じて両方を算出し、局所角度と開口部全体に対する角度を分けて保存する方法も考えられます。 基準面の法線方向も記録します。面だけを定義しても、法線の向きが内側か外側かによって角度の符号が変わります。建物外側を正とする、右開きを正とするなどの規則を決め、平面図や現場写真と対応させます。これにより、数年後に再解析する場合でも角度の増減を同じ意味で比較できます。
基準点設定2 蝶番の回転軸を上下の点で定義する
2つ目の設定は、鎧戸が回転する蝶番軸を上下の基準点で定義することです。開閉角を三次元で求めるには、戸がどの軸の周りを回転しているかを把握しなければなりません。見た目では垂直に見える蝶番も、建物の傾き、金物の変形、取付位置のずれによって、実際には鉛直方向から傾いている場合があります。 基本となるのは、上側蝶番と下側蝶番の中心位置を点群上で求め、その2点を結ぶ直線を回転軸として扱う方法です。中間にも蝶番がある場合は、各蝶番の中心を取得し、複数点に近似する直線を回転軸とします。複数の位置を利用することで、一つの金物に生じた欠測や局所的な変形の影響を確認しやすくなります。 ただし、TLS点群から蝶番のピン中心を直接読み取れるとは限りません。金物が戸や枠に隠れている場合、表面の反射が不安定な場合、走査密度に対して金物が小さい場合は、中心位置の推定に不確かさが生じます。このとき、見えている円筒面や金物の端部から軸を推定する方法がありますが、推定方法と使用範囲を記録し、実測された中心点と同じ確度で扱わないことが重要です。 上下の蝶番が同一直線上にない場合もあります。これは計測誤差とは限らず、取付時のずれ、木部の変形、蝶番金物の緩み、後年の補修などによる実際の状態かもしれません。無理に一本の理想軸へ合わせると、現況の変状を見落とす可能性があります。そのため、各蝶番の中心位置を個別に保存したうえで、角度計算用の近似軸を別データとして作成します。 回転軸を設定すると、単純な水平面上の角度ではなく、軸に直交する面内で鎧戸面と建物側基準面のなす角を求められます。蝶番軸が傾いていても、その軸を基準とした開閉角として整理できるため、鎧戸本来の回転運動に近い評価になります。 さらに、回転軸の傾き自体も保存対象になります。鉛直方向に対する傾斜角、上側と下側の水平位置差、枠から軸までの離れなどを記録しておけば、開閉角の変化が戸の操作によるものか、蝶番や枠の変状によるものかを検討しやすくなります。保存修理前後で蝶番を取り外す場合にも、元の取付姿勢を示す資料として利用できます。 現場で軸位置を補助的に示す必要がある場合でも、文化財の金物や木部へ安易に粘着標識を貼り付けてはいけません。対象に触れずに設置できる独立した標識や、点群上で識別できる既存形状を利用し、保存担当者の許可を得た方法で記録します。
基準点設定3 鎧戸の代表面を複数点で定義する
3つ目の設定は、可動側である鎧戸の代表面を複数の基準点から定義することです。鎧戸の点群を取得できても、どの部分を一枚の戸の向きとして扱うかが決まっていなければ、開閉角は安定しません。 平滑な板戸であれば表面点群から代表平面を求めやすいものの、鎧戸には傾斜した羽板、框、桟、金物、飾り部材などが含まれます。羽板の面をそのまま使うと、戸全体の開閉角ではなく、羽板自体の傾斜が角度へ加算されてしまいます。そのため、戸の外周を構成する縦框や横框など、戸全体の骨格を示す部分から代表面を設定する必要があります。 代表面を定義する基準点は、蝶番側だけに集中させず、戸先側、上部、下部へ広げます。蝶番付近の狭い範囲だけで面を求めると、戸先側の反りやねじれを捉えられません。可能であれば四隅に近い位置と中央付近から点を取得し、全体の面を求めるとともに、各点が代表面からどの程度離れているかを確認します。 鎧戸が反っている場合、全点を一つの平面に近似して得た角度は平均的な開閉角です。これは管理指標として有用ですが、反りそのものを表す値ではありません。上部と下部で個別の局所面を設定し、それぞれの角度を算出すれば、ねじれや垂れ下がりを確認できます。全体代表角、上部角、中央角、下部角を区別して記録することで、単一の角度値では見えない変状を残せます。 左右の戸を比較する場合は、同じ位置関係にある部位から代表面を設定します。片側では框を使い、もう片側では羽板を使うと、同じ計算方法でも意味の異なる角度になります。戸の構成が左右で異なる場合は、対応できる部位を選ぶか、選定理由を記録します。 点群密度も代表面の安定性に関係します。対象までの距離が遠い、レーザーの入射角が浅い、戸の表面が暗色または光沢を持つといった条件では、点の間隔や測距のばらつきが変化する可能性があります。狭い範囲の数点を手作業で選ぶだけでは、選択者による差が生じやすくなります。一定の範囲を指定して複数点から面を推定し、明らかな外れ点や別部材の点を除外する手順を決めておくと、解析の再現性を高められます。 鎧戸の表裏を複数地点から取得できる場合は、戸の厚さも確認できます。表面と裏面からそれぞれ代表面を求め、その中間面を戸の基準面とする方法もあります。これにより、片面の装飾や塗膜の起伏による影響を抑えられる場合があります。ただし、表裏の点群を正確に統合できていることが前提であり、統合誤差が大きい場合はかえって不確かさを増やします。 解析後は、代表面を作成した点の範囲を画像や選択領域として保存します。数値だけを残すのではなく、どの框、どの面、どの高さを使ったのかを確認できる状態にしておけば、再計測時に同じ部位を選びやすくなります。
基準点設定4 建物周辺に座標統合用の基準点を配置する
4つ目の設定は、複数のTLS設置位置から得た点群を統合するため、建物周辺に座標統合用の基準点を配置することです。鎧戸は薄い部材であり、正面、斜め、側面で見える範囲が大きく変わります。一つの設置位置だけでは、戸の表面、裏面、蝶番、窓枠のすべてを十分に取得できないことが多いため、複数方向からの走査が必要になります。 座標統合用の基準点は、各走査位置から共通して観測できるように配置します。建物正面だけに並べると、点が同一平面に偏り、奥行き方向の統合を検証しにくくなります。開口部の左右、手前側、可能であれば高さの異なる位置にも分散させ、三次元的な広がりを持たせます。 基準点の一部が鎧戸に隠れることも考慮します。開いた鎧戸は壁面から張り出すため、走査位置を変えると背後の標識や窓枠が見えなくなる場合があります。現地では、各走査位置からどの基準点を観測できるかを事前に確認し、共通点が不足する方向には追加の基準点を設けます。 文化財建造物では、基準標識を壁や建具へ直接固定できない場合が多くあります。その場合は、自立する標識、周辺の安定した仮設物、保存上問題のない既設位置などを利用します。ただし、独立標識は人の接触、風、地面の沈下によって動く可能性があります。設置後と撤去前に位置を再確認し、途中で移動していないことを点検します。 点群同士を建物表面の形状だけで重ねる方法もありますが、鎧戸が動く可能性のある計測では注意が必要です。可動部を含めて位置合わせを行うと、走査間で戸の角度が変わった場合に、固定された建物側まで誤った位置へ調整されることがあります。統合には壁、柱、窓枠などの固定部を用い、鎧戸や風で動く植栽、通行人、仮設物は基準領域から除外します。 統合結果は、全体的な残差だけでなく、鎧戸周辺の局所的な一致も確認します。建物全体では良好に見えても、開口部付近でわずかなずれが残っていると、薄い戸の面方向や蝶番軸の算出に影響します。窓枠の角、金物の端部、壁面の特徴など、固定部の対応位置を複数箇所で確認します。 公共座標や建物全体の既存三次元記録へ接続する必要がある場合は、座標系、標高の扱い、使用した既知点、変換方法を明記します。一方、開閉角だけが目的であれば、必ずしも地理的な座標を必要としません。重要なのは、固定側、回転軸、可動側が同じ一貫した座標系にあり、再計測時にその関係を再現できることです。
基準点設定5 再計測できる位置と識別情報を残す
5つ目の設定は、今回の計測だけでなく、将来の再計測でも同じ基準を使えるようにすることです。文化財計測では、修理前後、季節の違い、災害後、定期点検時など、時間を空けて同じ対象を計測する場面があります。基準点の座標値だけが残っていても、現地のどの部分を指すのか分からなければ再現できません。 建物側の基準点には、開口部番号、左右区分、部材名、高さ、端部からの距離など、位置を特定できる情報を付けます。例えば、外観正面から見た左右と、室内側から見た左右では意味が逆になるため、観察方向を明記します。東西南北や建物の通り番号など、現場で共有されている識別方法と組み合わせると誤認を減らせます。 蝶番軸については、上側、中央、下側のどの金物を用いたかを記録します。交換や補修が行われる可能性があるため、金物の形状、取付位置、周囲の特徴を写真と点群の両方で残します。将来、蝶番が交換された場合は、同じ部材を再計測したように扱わず、修理前後で基準そのものが変わったことを記録します。 鎧戸の代表面についても、選択範囲を再現できる情報が必要です。戸先側の縦框中央、上框の下面から一定範囲など、部材に基づく位置指定を行います。ただし、文化財は不整形であるため、距離だけで厳密に再現しようとすると、測り方による差が生じます。点群上の選択領域、現場写真、簡略図、部材名称を組み合わせて保存する方が実用的です。 再計測では、同じ角度に鎧戸を動かして比較する場合と、その時点の自然な開閉状態を記録する場合があります。前者では、戸当たりや固定具など、角度を再現する条件を定めます。後者では、人為的に動かさず、発見時の状態を記録したことを明記します。両者を混同すると、経年変化と操作条件の違いを区別できません。 基準点には一貫した識別番号を付け、座標、役割、設置方法、取得日時、担当者、使用した走査データ、解析範囲を関連付けます。番号をその場限りの連番にすると、別の開口部や別年度のデータと重複する可能性があります。建物、立面、開口部、左右、点の役割が分かる体系にすると、長期的な管理が容易になります。 さらに、元の点群を保持することも重要です。角度値だけを保存すると、後から基準面の定義を変更したり、より適切な解析方法で再計算したりできません。未処理の計測データ、統合後の点群、ノイズ処理後の点群、基準点一覧、角度計算結果を区別し、処理履歴とともに保管します。
TLS計測から開閉角を算出するまでの実務手順
現場作業では、まず対象となる鎧戸の状態を目視で確認します。腐朽、割れ、金物の緩み、戸の傾きが見られる場合は、計測のために無理に動かしてはいけません。保存担当者や管理者と相談し、現状のまま計測するか、安全に操作できる範囲を決めます。 次に、開閉角の定義と必要な成果を確認します。現況角だけを求めるのか、全閉、半開、全開など複数状態を記録するのか、左右差や蝶番軸の傾きも評価するのかによって、必要な走査方向と基準点が変わります。複数状態を計測する場合は、状態を変える前に各走査が完了していることを確認します。 現況写真は、建物全体、開口部全体、各鎧戸、蝶番、戸当たり、固定具、基準点の順に、位置関係が分かるように撮影します。写真は点群の代わりにはなりませんが、点群上で部材を識別し、角度の正負や戸の状態を確認する補助資料になります。 TLSの設置位置は、正面だけでなく、鎧戸の戸先側と蝶番側が見える斜め方向にも設けます。開放した戸の裏側を記録する必要がある場合は、通行や接触の危険がない範囲で反対方向からも走査します。極端に浅い入射角では点が疎になりやすいため、同じ面を異なる方向から補完できる配置を検討します。 各走査の間は、鎧戸へ触れないようにします。風が強く戸が動く場合は、保存上認められた既存の固定方法を利用するか、条件が落ち着くまで待ちます。許可なくひも、粘着材、クランプなどで固定すると、部材を傷めるおそれがあります。 取得後は、固定部に配置した基準点や安定した建物形状を用いて点群を統合します。統合結果を確認するときは、鎧戸の輪郭が二重になっていないか、窓枠の角が一致しているか、蝶番金物が不自然に伸びていないかを点検します。ずれがある場合は、角度算出へ進む前に原因を確認します。 解析では、最初に建物側基準面を作成し、次に蝶番軸を定義します。その後、鎧戸の代表面を求めます。建物側基準面と鎧戸面の法線ベクトルだけから角度を求めると、軸方向の傾きまで含まれる場合があります。鎧戸の回転運動として整理するには、各面の方向を蝶番軸に直交する面へ投影し、投影後の方向間の角度を求めます。 角度の値には、基準面の名称、回転軸の定義、正方向、計測状態を添えます。例えば、単に「開閉角45度」とするのではなく、外壁側基準面に対する現況開放角であること、上側と下側の蝶番中心から求めた軸を使用したことなどを記録します。数値の表示桁も、点群密度、対象までの距離、基準点配置、面の平滑性に見合う範囲とします。解析画面で細かな桁まで表示できても、その桁が実際の計測精度を意味するわけではありません。 最後に、算出した角度が現場の見た目と大きく矛盾していないかを確認します。平面断面、立面、三次元表示を切り替え、基準面と鎧戸面が意図した部材に一致しているかを点検します。左右の戸がほぼ対称に見えるのに大きな角度差が出た場合は、基準面の選択、角度の符号、戸の表裏、点群統合を再確認します。
鎧戸で起こりやすい欠測と角度誤差への対策
鎧戸のTLS計測では、レーザーが面へ浅い角度で当たることによる欠測が起こりやすくなります。閉鎖状態では正面から表面を取得しやすい一方、戸の厚みや蝶番側が見えにくくなります。大きく開いた状態では戸の表面が正面の設置位置に対して横向きになり、点密度が低下することがあります。正面走査だけに頼らず、斜め方向の走査を加えることが基本です。 羽板の間にも死角が生じます。上下方向の傾斜を持つ羽板は、設置位置の高さによって上面または下面が隠れます。TLSの高さを変えた走査を組み合わせることで、形状を補完しやすくなります。ただし、開閉角の算出には羽板面ではなく框などの代表部位を使用するため、目的に応じて必要な密度を判断します。 暗色の塗装、光沢のある塗膜、金属金物、濡れた表面などは、測距の安定性に影響する場合があります。対象表面へ反射を調整するための材料を塗布する方法は、文化財計測では原則として避けるべきです。走査距離、入射方向、取得密度を調整し、別方向から補完します。 鎧戸の輪郭付近では、レーザーの一部が戸に、別の一部が背後の壁に当たり、実際の面とは異なる位置に点が生じることがあります。このような境界付近の点を代表面の推定に含めると、戸面が壁側へ引かれて角度が変わる可能性があります。外周のごく近傍を避け、戸の面として安定して取得できた領域を使用します。 点群統合の誤差も角度へ影響します。特に、建物側基準面をある走査から、鎧戸面を別の走査から抽出する場合、両走査の相対的なずれがそのまま角度差へ反映されます。可能であれば、固定面、蝶番、鎧戸面を同じ走査から取得できる位置を一つ以上確保し、複数走査を統合した結果と比較します。 風による動きは、静止物を前提とするTLS計測にとって大きな誤差要因です。走査中に戸が動くと、面が厚く見えたり、輪郭が波打ったりします。点群のばらつきを単なる反射ノイズとして除去すると、実際には動いていたという重要な情報を失うことがあります。現場記録と照合し、動きが疑われるデータは再計測または参考値として扱います。 角度の計算範囲を変えたときの差も確認します。鎧戸面の上半分、下半分、全体からそれぞれ角度を求め、結果が大きく異なる場合は、戸のねじれ、欠測、外れ点、部材選択の違いが考えられます。代表値だけを採用する前に、差が生じた理由を点群上で確認します。
文化財を傷めない基準点設置と安全管理
文化財TLS計測では、精度確保より先に対象を傷めないことが求められます。基準点や標識を設置しやすい場所であっても、木部、漆喰、塗装面、金属金物へ無断で粘着材を使用してはいけません。見た目に健全な面でも、粘着材の除去時に塗膜や表層が剥がれる可能性があります。 基準標識は、できるだけ対象から独立した自立式の方法で配置します。どうしても建物側へ接触させる必要がある場合は、保存担当者の判断を受け、接触材、荷重、設置時間、撤去方法を決めます。設置前後の状態を写真で残し、異常がないことを確認します。 開いた鎧戸の周囲では、作業者や機材が戸先へ接触する危険があります。鎧戸は風を受けやすく、不意に動くと作業者の手や機材を挟む可能性もあります。通路を確保し、三脚や標識を戸の回転範囲に置かないようにします。来館者や他の作業者が通る場所では、計測範囲を明示し、必要な誘導を行います。 TLSを高い位置へ設置する場合は、転倒防止と落下防止を優先します。軒下や狭い外周部では、地面の傾斜、敷石、排水溝、植栽などによって三脚が不安定になることがあります。鎧戸の上部を取得するために無理な設置をせず、安全に高さを確保できる方法を選びます。 強い日射、降雨、結露、風などの環境条件も、対象と機材の両方に影響します。雨天時は表面反射が変化するだけでなく、床面や足場が滑りやすくなります。文化財建造物の公開中に作業する場合は、管理者の運用条件に従い、計測精度だけを理由に通常の安全管理を省略しないことが重要です。
TLSと補助計測を組み合わせて記録の信頼性を高める
TLSは、鎧戸、窓枠、壁面、周辺部材を同じ三次元空間で記録できる点に強みがあります。一方で、小さな蝶番軸の中心や、欠測した戸先の位置など、対象条件によってはTLSだけで確定しにくい部分があります。その場合は、写真記録、手計測、既存図面、近距離の三次元計測などを補助的に用います。 補助計測を組み合わせる際は、異なる方法で得た値を無条件に混在させないことが重要です。どの点がTLSから抽出されたのか、どの寸法が手計測なのか、どの位置が推定なのかを属性として分けます。複数の方法が近い結果を示せば信頼性の確認になりますが、差がある場合は一方を消すのではなく、計測位置や基準の違いを検討します。 現場での確認用として、LRTK Phoneを活用する方法もあります。対象周辺の位置情報や現場記録を取得し、TLSの設置位置、基準点、撮影地点、開口部番号などを整理すれば、計測データと現地状況を結び付けやすくなります。ただし、文化財の細部形状や鎧戸の開閉角を評価する際は、使用する計測方法ごとの性能、対象までの距離、環境条件を確認し、必要な精度に応じて役割を分けることが大切です。 例えば、TLSは鎧戸周辺の高密度な三次元記録に用い、LRTK Phoneは現場全体の位置関係や基準点管理、補足的な記録に用いるといった分担が考えられます。すべてを一つの機器で完結させることよりも、各データの目的と精度を明確にし、共通の識別番号で関連付ける方が、後工程で扱いやすい記録になります。 現場で取得したデータは、帰所後に初めて確認するのではなく、可能な範囲でその場で表示し、欠測や基準点不足を確認します。鎧戸の裏面が足りない、下側蝶番が隠れている、基準標識が一部の走査に写っていないといった問題は、現場を離れてからでは補えないことがあります。簡易確認と本解析を分け、現場では再計測の要否を判断できる情報を優先します。
まとめ
文化財TLS計測で鎧戸の開閉角を正確に残すには、点群を取得するだけでなく、角度の根拠となる基準を明確に設定する必要があります。固定された建物側の基準面、蝶番の回転軸、鎧戸の代表面、複数走査を統合する座標基準、将来の再計測に使える識別情報という5つの設定をそろえることで、角度値の意味と再現性を高められます。 鎧戸は薄く、羽板や框があり、開閉状態によって欠測しやすい方向が変わります。正面からの走査だけで完結させず、斜め方向や異なる高さから取得し、固定部を用いて点群を統合することが重要です。風による動き、蝶番軸の傾き、戸の反り、境界付近の外れ点も確認し、単一の角度値だけでは表せない変状を併せて保存します。 また、計測精度を確保するためであっても、文化財へ無断で標識を貼り付けたり、鎧戸を強制的に固定したりしてはいけません。保存担当者と設置方法を調整し、非接触または対象から独立した基準点配置を基本とします。 TLSによる詳細点群と、現場全体の位置関係や記録管理を補助するLRTK Phoneを目的に応じて組み合わせれば、鎧戸の状態を現地情報と結び付けて整理しやすくなります。文化財計測の現場で基準点、設置位置、写真、補足情報を一体的に管理したい場合は、LRTK Phoneの活用もご検討ください。