土蔵の壁面には、経年変化、地震、地盤変動、雨水の浸入、下地材の劣化などによって、膨らみ、傾き、局部的なくぼみが生じることがあります。こうした面外変形を非接触で把握する方法として活用されているのが、TLSによる文化財計測です。 TLSで取得した点群には壁面形状が三次元座標として記録されるため、基準となる面を設定し、各点までの距離を計算すれば、壁が手前側または奥側へどの程度変位しているかを可視化できます。ただし、基準面の決め方が不適切であると、壁全体の傾き、施工時から残る不陸、仕上げ材の凹凸、位置合わせ誤差まで変形として表れてしまいます。 この記事では、「TLS 文化財 計測」で情報を探している実務担当者に向けて、土蔵壁の面外変形を評価するための6つの基準面解析を解説します。点群の取得から評価結果の読み方までを整理し、保存修理や経過観察に利用できる記録を作るための考え方を紹介します。
土蔵壁の面外変形をTLSで測る目的
土蔵壁の面外変形とは、壁面に沿う方向ではなく、壁面に対しておおむね直角となる方向に生じた変位を指します。壁全体が傾斜している状態だけでなく、中央部の膨らみ、壁脚部の押し出し、軒下の後退、ひび割れ周辺の段差なども面外変形に含まれます。 従来の調査では、下げ振り、定規、水糸、距離計などを用いて代表位置の傾きや出入りを測る方法が一般的です。これらは現場で状態を確認しやすい一方、測定位置が限られ、複雑な変形分布を面的に捉えにくい場合があります。表面が傷みやすい土蔵では、器具を接触させること自体が慎重な判断を要することもあります。 TLSによる文化財計測では、壁面に直接触れず、多数の三次元座標を取得できます。点群を壁面に直交する方向から見れば、膨らみやくぼみの分布を面的に確認できます。任意の高さで断面を切り出せるため、現地であらかじめ測線を限定しなくても、調査後に必要な位置を検討できる点も利点です。 ただし、TLSが直接取得するのは各測点の座標であり、「劣化」や「危険度」そのものではありません。点群から得られる形状差には、実際の変形のほか、壁の当初形状、左官仕上げの不陸、計測誤差、点群結合誤差、基準面設定の違いなどが含まれます。したがって、変位量の大小だけで保存状態を断定せず、目視調査、ひび割れ記録、含水状態、構造調査、過去資料などと照合する必要があります。 TLS点群の役割は、壁面形状を再現可能な座標情報として残し、変形の位置、範囲、方向、経時変化を検討するための材料を提供することです。その価値を引き出すうえで、解析目的に合った基準面の選択が重要になります。
解析前に整理しておきたい面外変形の定義
基準面解析を始める前に、何を面外変形として測るのかを明確にします。土蔵壁では、壁全体の傾斜と、壁面内部の局所的な膨らみを同じ指標だけで評価すると、変形の特徴が分かりにくくなるためです。 たとえば、壁全体が上方へ向かって奥側に傾いていても、壁面自体はほぼ平らな場合があります。壁面全体から近似平面を作ると、この傾きは基準面に吸収され、面からの距離は小さくなります。一方、鉛直方向を固定した基準面と比較すれば、上部と下部の位置差として傾斜が表れます。 反対に、壁の中央だけが手前に膨らんでいる場合、壁面全体の近似平面でも局所変形を捉えられる可能性があります。しかし、膨らみの範囲が壁の大部分を占めていると、近似平面自体がその形状に引かれ、最大変位が小さく算出されることがあります。解析値は基準面の設定に依存するため、「面から何ミリメートル離れている」という結果には、必ず「どの面を基準にしたか」という情報が必要です。 また、土蔵壁の表面には鏝跡、塗り重ね、補修痕、剥落、ひび割れ、装飾などが存在します。これらは形状として点群に記録されますが、構造的な面外変形とは限りません。仕上げ表面の状態を測るのか、壁体全体の変形傾向を測るのかによって、必要な点密度、解析範囲、外れ値処理、評価単位が変わります。 実務では、壁全体の傾斜、広い範囲の湾曲、局所的な膨らみ、時系列の変化を分けて考えると整理しやすくなります。一つの基準面だけですべてを説明しようとせず、目的の異なる解析を重ねて判断することが重要です。
基準面解析1 壁面全体から近似平面を求める
最初に検討しやすい方法は、対象壁面の点群全体から近似平面を算出し、その平面と各点との距離を求める解析です。一般には、点群と平面との距離が全体として小さくなるように平面を当てはめます。 この方法では、壁面の平均的な向きが基準になります。基準面より手前にある点と奥にある点を符号付き距離で区別すれば、膨らみとくぼみの分布を色分けできます。壁全体の概況を短時間で把握し、局所解析を行う範囲を選ぶ用途に適しています。 一方、点群に窓、扉、庇、樋、金物、仮設材、植生などが含まれていると、近似平面が壁面からずれる可能性があります。開口部の奥に見える室内や建具も、壁面の一部として計算されないように除外しなければなりません。壁面を選択するときは、単に矩形の範囲で切り出すのではなく、壁面から明らかに離れた点や付属物を確認します。 剥落部分や深いひび割れも注意が必要です。これらをすべて含めると、局所的な欠損が近似平面に影響する場合があります。ただし、都合よく点を削除しすぎると、実際の変形まで除外してしまいます。除外範囲と理由を記録し、同じ条件で再解析できるようにしておくことが大切です。 壁全体が一方向に傾いている場合、その傾斜は近似平面の向きとして扱われます。このため、壁面全体の近似平面は、主として平面からの局部的な出入りを把握する方法と考えるのが適切です。鉛直からの傾斜を確認したい場合は、後述する鉛直基準面との比較を併用します。 土蔵壁には本来の施工形状として緩やかな不陸が残っていることがあります。全体近似平面からの距離が大きい箇所を見つけても、それだけで後から生じた変形とは断定できません。初回計測では現況形状の基礎記録として扱い、目視所見や過去写真と対応させることが重要です。
基準面解析2 健全部を選んで基準面を求める
壁面全体に膨らみや剥落が広がっている場合は、比較的健全と考えられる範囲を選び、そこから基準面を作る方法が有効です。変形が疑われる範囲を平面計算から外すことで、その部分の出入りを基準面に吸収させにくくできます。 健全部として選ぶ候補には、変状の少ない壁端部、柱際、梁際、壁脚部などがあります。ただし、外観が平らに見えることだけを根拠に選ぶのは十分ではありません。柱際が構造変形の影響を受けている場合や、壁脚部が湿気や地盤変動によって移動している場合もあるためです。現地所見、過去の修理記録、ひび割れ分布、周辺構造の状態を合わせて判断します。 基準面を求める範囲が一か所に偏ると、その部分の局所的な傾きが壁全体の基準として延長されます。可能であれば、壁の左右や上下に分散した複数範囲を使用し、選択した点が壁面の向きを代表しているかを確認します。開口部が多い壁では、限られた残存面だけで基準面を作ることになるため、推定範囲が大きくなりすぎないよう注意が必要です。 健全部の選定には調査者の判断が入ります。そのため、基準に採用した範囲を図示し、採用理由と除外理由を記録します。時系列比較で同じ方法を使う場合は、初回と同じ範囲を再現できるよう、柱、開口隅、壁際などの識別しやすい位置との関係も残します。 この方法で算出した距離は、「健全部から延長した面に対する相対的な出入り」です。壁の中央部が基準面より手前に出ていれば膨らみの可能性を検討できますが、その値が発生時期や原因を直接示すわけではありません。補修材の厚みや施工当初の形状差も含まれ得るため、断面形状や表面状態と合わせて読み取ります。 また、健全部と想定した範囲を変えて複数回解析し、結果がどの程度変わるかを見ることも有効です。基準範囲を少し変えただけで変位量が大きく変わる場合は、壁面に安定した平面が少ない可能性があります。そのときは単一の数値を確定値として扱わず、基準面設定による幅を含めて報告します。
基準面解析3 壁面を区画して局所基準面を求める
土蔵壁が大きい場合や、壁面が一枚の平面では表しにくい場合は、対象を複数の区画に分け、それぞれに局所基準面を設定します。腰壁付近、中央部、軒下付近のように高さ方向で分ける方法や、柱間ごとに分ける方法があります。 壁面全体の近似平面では、大きな傾斜や湾曲の中に小さな変状が埋もれることがあります。局所基準面を使うと、その区画内にある膨らみ、くぼみ、段差を詳しく確認できます。特に、ひび割れを境に壁面の向きが変わっている場合や、部分補修の周辺に変形が集中している場合に役立ちます。 区画を細かくしすぎると、変形した面そのものに基準面が適合し、面外変位が小さく見えることがあります。反対に区画が大きすぎると、局所解析の利点が失われます。区画寸法は一律に決めるのではなく、壁面の大きさ、柱や梁の配置、開口部、ひび割れ、補修境界、必要な評価範囲に応じて設定します。 隣接する区画で別々の基準面を使う場合、色分布をそのまま連続した変位として比較できない点にも注意が必要です。それぞれの数値は異なる基準面からの距離だからです。区画ごとの最大値だけを並べるのではなく、基準面の位置と法線方向、区画境界、解析範囲を併記します。 局所基準面解析では、断面図との組み合わせが効果的です。一定の高さで水平断面を切り出せば、壁面がどの位置で手前へ出ているかを確認できます。高さ方向の断面では、壁脚から軒下までの傾斜や湾曲を把握できます。断面を一つだけ選ぶと局部的な凹凸に左右されるため、複数の高さや位置で確認します。 点群のばらつきが目立つ場合は、一点ごとの最大値だけでなく、一定範囲の代表値や連続性を見ることが重要です。孤立した点は、反射状態、遮蔽境界、通行物、植生などに起因する可能性があります。周囲と連続する面として変形が現れているかを確かめてから、変状候補として扱います。
基準面解析4 鉛直方向を固定した基準面を使う
壁全体の傾斜を評価する場合は、重力方向または測量座標系の鉛直方向を基準にした平面を設定します。壁面全体の近似平面とは異なり、壁の傾斜を基準面へ吸収させず、高さに応じた出入りとして表せる点が特徴です。 鉛直基準面を作るには、まず点群座標の鉛直方向が適切に設定されている必要があります。スキャナーを水平に据えたという情報だけに依存せず、現場で設けた基準点、既知の高さ、整準記録などを用いて座標系を確認します。複数回の計測を比較する場合は、各時期で鉛直方向の定義が一致していることが欠かせません。 基準面の水平位置は、壁脚部、柱際、または指定した健全部を通るように設定します。どこを通すかによって距離の絶対値は変わりますが、高さ方向にどのように変化するかを見れば、傾斜や湾曲の特徴を把握できます。たとえば、壁脚部から上部へ向かって距離がほぼ一定の割合で増える場合は、壁全体が傾いている可能性を検討できます。途中から変化率が変わる場合は、折れや局所的な湾曲が疑われます。 ただし、壁が建てられた時点から完全な鉛直面であったとは限りません。伝統的な施工では、材料、下地、仕上げ、建物の履歴によって当初からわずかな傾きや不陸が存在することがあります。現況が鉛直から外れているというだけで、進行中の変形と判断することはできません。 鉛直基準面による結果は、全体近似平面による結果と並べて確認すると理解しやすくなります。鉛直基準面では大きな差が出る一方、全体近似平面では差が小さい場合、局所的な凹凸より壁全体の傾斜が主要な特徴であると考えられます。両方で同じ場所に大きな差が現れる場合は、全体傾斜に加えて局部的な膨らみやくぼみが存在する可能性があります。
基準面解析5 初回計測の壁面を時系列比較の基準にする
面外変形が進行しているかを確認するには、初回計測で取得した壁面を基準として、後の点群との差を求めます。この方法では、理想的な平面からのずれではなく、二つの時期の表面位置の差を評価できます。施工当初から存在する不陸をある程度分離しやすいことが大きな利点です。 時系列比較で最も重要なのは、点群同士の位置合わせです。壁面そのものだけを使って位置合わせすると、比較したい変形まで位置合わせ処理に吸収されることがあります。たとえば、壁全体がわずかに移動しているとき、壁面が重なるように変換すれば、その移動が見えにくくなります。 そのため、比較対象とは独立した安定範囲や管理基準点を用いて、各時期の点群を共通座標へ配置します。基準点が保存対象に影響を与えない方法で設置され、再計測時にも識別できることが望まれます。恒久的な標識を設けられない場合は、周囲の安定構造や複数の特徴点を利用し、その位置が変化していないかを別途確認します。 計測条件も可能な範囲でそろえます。スキャナーの設置位置、壁までの距離、入射角、点間隔、遮蔽物の状態が大きく異なると、点群の分布やノイズ特性も変化します。完全に同一条件へ戻せなくても、各回の条件を記録しておけば、差が生じた理由を検討しやすくなります。 二時期の点群密度が異なる場合、一点同士を直接対応させるだけでは安定した比較にならないことがあります。局所面に対する距離や、一定範囲内の代表的な表面位置を使い、点密度の差に過度に左右されない方法を選びます。比較前の間引きや平滑化を行う場合は、細かな変形を消さないよう処理条件を管理します。 算出した変位差は、位置合わせの残差、測距のばらつき、表面状態、基準点の安定性などを含む不確かさと比較します。不確かさと同程度の差を、実際の変形として断定することは避けます。変位が連続した範囲に現れているか、複数断面で再現しているか、別の測定方法でも傾向が確認できるかを検討します。 継続計測では、初回点群を保存するだけでなく、原点、座標軸、基準点、解析範囲、除外範囲、点群処理条件を残します。これらが失われると、同じ壁を再計測しても厳密な比較が難しくなります。時系列解析は、計測時点から将来の再利用を想定して設計することが重要です。
基準面解析6 柱や基礎などの構造基準と組み合わせる
土蔵壁の変形を構造との関係から把握する場合は、壁面だけで基準を完結させず、柱、梁、基礎、土台などの周辺要素を参照します。壁面と構造要素の位置関係を記録することで、壁だけの局部変形なのか、建物全体の傾斜や沈下に伴う変化なのかを検討しやすくなります。 たとえば、壁面中央が手前へ出ていても、両側の柱が同じ方向へ傾いていれば、壁単独の膨らみとは異なる見方が必要です。柱はほぼ同じ位置にあり、壁面だけが柱間で膨らんでいる場合は、壁体や下地の局所的な変形を検討する手掛かりになります。壁脚部の変位が基礎の高さ変化と対応する場合は、地盤や基礎の挙動も確認対象になります。 ただし、柱や基礎を無条件に不動の基準として扱うことはできません。木部の変形、基礎の沈下、過去の修理による位置変更などが存在する可能性があります。参照要素が安定しているかを確認し、必要に応じて建物外に設けた管理基準点と結び付けます。 構造基準との組み合わせでは、同じ座標系の中で壁面、柱芯、基礎上端、主要な接合位置などを整理します。壁面の色分布だけでなく、代表断面に構造要素を重ねると、変形の位置関係を説明しやすくなります。柱間ごとの壁面位置や、同じ高さにおける柱と壁の出入りを比較する方法も考えられます。 この解析は、変形原因を確定するものではありません。点群で確認できるのは主として表面形状と位置関係です。壁内部の空隙、下地の腐朽、材料強度、接合部の状態などは、点群だけでは判断できません。必要に応じて建築、構造、保存修理の専門家が追加調査を行い、総合的に評価します。 六つの基準面解析は相互に排他的な方法ではありません。壁面全体の近似平面で変状候補を抽出し、健全部基準面と局所基準面で詳しく確認し、鉛直基準面で全体傾斜を調べ、時系列比較と構造基準で変化の意味を検討するという流れが実務的です。
基準面解析の前に行うTLS計測計画
基準面解析の信頼性は、解析処理だけでなく現地計測の計画に大きく左右されます。壁面を正面から一度計測するだけでは、庇、柱、建具、設備、仮設材などによる死角が残ることがあります。壁際を斜めから補足できる位置も含め、複数の設置点を検討します。 壁面に対する入射角が浅くなるほど、表面形状や反射状態によって点のばらつきや欠落が増える場合があります。正面に近い位置からの計測を基本としつつ、正面計測で隠れる箇所を斜め方向から補います。設置位置を増やせば必ず品質が上がるわけではなく、点群結合の管理も増えるため、必要範囲と精度目標に合わせて配置します。 点密度は、検出したい変形の大きさと範囲から決めます。点の間隔が細かくても、一点ごとの座標が同じ細かさで正確になるわけではありません。測距性能、距離、入射角、表面反射、点群結合、基準点測量などを含めた計測全体の不確かさを考慮します。 土壁や漆喰面は、色、湿潤状態、汚れ、表面粗さが一様ではありません。場所によって反射の状態が変わり、点の欠落やばらつきが生じる可能性があります。現場で点群の取得状況を確認し、重要範囲に欠落があれば、設置位置や計測条件を見直します。ただし、保存環境を変えるような散水、塗布、標識の直接貼付などは避け、文化財管理者と協議した非接触の方法を優先します。 通行者、揺れる養生材、植生などの移動物も点群へ混入します。計測中は対象面の前を可能な範囲で整理し、除去できない物は写真と野帳に記録します。日射や風雨などの環境条件も計測結果や作業安全に影響するため、日時と状況を残しておきます。 複数のスキャンを結合するときは、壁面形状の一致だけに依存しないことが重要です。土蔵壁は広く平らで、似た形状が続くため、壁面だけでは位置や回転の拘束が弱くなることがあります。保存対象に触れない位置へ標的を配置する方法や、周辺の安定した特徴を利用する方法を検討します。 文化財計測では、精度だけでなく安全性と保存への配慮が優先されます。立入範囲、足場、落下物、壁面の剥離、床の耐荷重などを事前に確認し、管理者の指示に従って作業します。計測機器や三脚が壁面、建具、展示物、参観者の動線に接触しない配置も必要です。
点群処理から変位量算出までの実務手順
現地計測後は、まず各スキャンの結合状態を確認します。結合処理の全体的な残差だけで判断せず、解析対象となる土蔵壁の周辺で二重面や段差が生じていないかを断面表示で確認します。複数方向から取得した壁面が厚みを持って見える場合は、結合誤差や計測条件の差を疑います。 次に、共通座標系への変換と鉛直方向を確認します。時系列比較を行う場合は、各時期の点群に同じ座標の根拠を適用します。ローカル座標を用いる場合でも、原点、軸方向、高さの基準を明記すれば再計測に利用できます。 対象壁面を抽出するときは、柱、梁、窓、扉、庇、配管、金物、室内側の点、地面、植生などを分離します。自動的な平面抽出だけに任せると、同じ向きの建具や仮設板が混入することがあります。平面表示、立面表示、断面表示を切り替え、壁面として採用した範囲を確認します。 外れ値処理では、周囲から孤立した点や明らかな移動物を除去します。一方、壁面の膨らみや剥落を外れ値として削除しないよう注意します。処理前の原点群は変更せず保存し、解析用の複製データに対して処理を行うと、判断を後から検証しやすくなります。 基準面を作成したら、その定義を記録します。壁面全体から求めたのか、健全部だけを用いたのか、鉛直方向を固定したのか、初回点群を用いたのかによって結果の意味が変わります。平面の位置、向き、採用範囲、除外範囲が再現できる情報を残します。 各点から基準面までの距離は、基準面の法線方向に沿った符号付き距離として算出すると、手前側と奥側を区別できます。ただし、正負の定義は見る方向や座標軸によって反転するため、図面上に方向を明記します。「正が屋外側」「負が室内側」のように、読者が誤解しない表現を添えます。 変位分布の表示範囲も結果の見え方に影響します。色の範囲を狭くすると小さな差が強調され、広くすると局部変形が目立ちにくくなります。比較図では同じ色範囲を使用し、範囲外の値や欠測部を別の表示にします。色だけに依存せず、代表断面、最大値の位置、連続範囲を併記します。 最後に、元の点群、写真、ひび割れ図、断面図を照合します。色分布の境界が開口部、補修境界、材料の違い、スキャンの重複境界と一致している場合は、実際の変形以外の影響も検討します。解析結果を現地の状態へ戻して確認する工程が、誤判定を防ぐうえで欠かせません。
解析結果を誤読しないための確認事項
最も注意したいのは、点群上の最大距離をそのまま壁体の変位量とみなすことです。最大値が孤立した一点に現れている場合は、ノイズ、遮蔽境界、反射状態、混入物などの可能性があります。周囲に連続した傾向があるか、断面上でも同じ形状が見えるかを確認します。 点密度と計測精度も区別する必要があります。点が細かく並んでいることは、表面を詳細に表現できる可能性を示しますが、各点の位置が同じ間隔の精度で保証されることを意味しません。機器の測距特性だけでなく、設置、結合、座標変換、基準面推定を含めて評価します。 壁面の表面粗さも解析値に含まれます。鏝跡や塗り重ねによる細かな凹凸を含む点群では、一点の距離より一定範囲の傾向を見るほうが適切な場合があります。ただし、平均化する範囲を大きくしすぎると、小さな剥離や段差が見えなくなります。評価対象に応じて原点群と処理後点群の両方を確認します。 基準面の違いによる結果差も重要です。全体近似平面、健全部基準面、鉛直基準面から得た数値は、それぞれ別の問いに答えています。数値が一致しないことは直ちに誤りではありません。何を基準として、どの方向の距離を測ったのかを整理すれば、壁全体の傾斜と局部的な変形を分けて理解できます。 また、初回計測だけでは変形の発生時期や進行性を判断できません。現況で膨らみが確認されても、施工時から存在した可能性があります。過去の実測図、修理記録、写真、痕跡を調べ、必要に応じて再計測を行います。短期間の差が小さい場合も、計測の不確かさを下回っていれば「変化なし」と断定せず、「今回の条件では有意な変化を確認できなかった」と整理するのが安全です。 面外変形の原因についても慎重な表現が必要です。点群から読み取れる形状だけで、地震、沈下、雨水、内部劣化などの原因を一つに決めることはできません。ひび割れ、浮き、含水状態、柱の傾斜、基礎の高さ、屋根や雨仕舞の状態などを調査し、専門家の判断につなげます。
文化財調査で残しておくべき記録
文化財のTLS計測は、将来の比較に利用できてこそ価値が高まります。納品用の立面図や変位分布図だけでなく、元の点群、処理後点群、座標系、基準点、機器の設置位置、計測日時、環境条件を一体として保存します。 基準面解析については、対象壁面の名称、見る方向、解析範囲、採用点、除外範囲、基準面の作成方法、距離の正負、表示範囲を記録します。健全部を選んだ場合は、その位置と選定理由も必要です。局所区画を用いた場合は、区画境界と区画ごとの基準面を識別できるようにします。 点群処理の履歴も重要です。間引き、平滑化、外れ値除去、位置合わせ、座標変換などを行った場合は、処理内容と順序を残します。同じ名称のファイルを上書きせず、原データ、編集データ、解析データ、成果データの関係を明確にすると、将来の再解析が容易になります。 現地写真は、点群だけでは判断しにくい材質、汚れ、補修痕、ひび割れ、剥落などを補います。写真の撮影位置と方向を点群や立面図に対応させると、変位分布と表面状態を照合しやすくなります。計測時に存在した足場、養生、植生、設備なども写しておけば、点の欠落や混入の理由を後から確認できます。 報告書では、解析値だけでなく限界も示します。計測できなかった範囲、遮蔽部、反射状態が不安定な範囲、基準点の制約、過去資料の不足などを明記します。判断できない部分を明確にすることは、成果の価値を下げるのではなく、適切な利用範囲を示すために必要です。 保存形式は、将来も読み出せる汎用的な点群形式と、処理内容を保持する作業形式を目的に応じて併用します。座標値の単位、文字コード、属性情報、写真との対応関係も確認します。データ容量を抑えるために原点群を過度に間引くと再解析の選択肢が失われるため、保存用データと閲覧用データを分ける方法が有効です。
まとめ
文化財TLS点群から土蔵壁の面外変形を測るには、壁面全体の近似平面、健全部から求めた基準面、区画ごとの局所基準面、鉛直基準面、初回計測面、柱や基礎などの構造基準という六つの考え方があります。 壁面全体の近似平面は局部的な出入りの把握に適し、健全部基準面は変形が疑われる範囲を強調しやすい方法です。局所基準面は細かな変状の確認に役立ち、鉛直基準面は壁全体の傾斜を表します。初回計測面との比較は経時変化の確認に向き、構造基準との組み合わせは壁と建物全体の関係を検討する材料になります。 どの方法でも、算出値は選択した基準に対する相対距離です。TLS点群だけで劣化原因や安全性を断定せず、目視所見、ひび割れ、補修履歴、構造調査、再計測結果などと照合する必要があります。また、点密度と精度を混同せず、位置合わせや基準面推定を含めた不確かさを考慮することが重要です。 現場でのTLS計測に加えて、変状箇所の位置確認や補足的な三次元記録を機動的に行いたい場合は、LRTK Phoneを活用する方法もあります。土蔵壁の全体形状はTLSで面的に記録し、調査中に見つかったひび割れや補修箇所はLRTK Phoneで位置情報とともに残すなど、目的に応じて計測手段を組み合わせることで、次回調査へ引き継ぎやすい文化財記録を整えられます。